――キリシタン史に詳しく、著書『商人と宣教師 南蛮貿易の世界』がある東京大学史料編纂所准教授の岡美穂子氏。『みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記』で迫害された世のキリシタンの実像を綴ったノンフィクション作家・写真家の星野博美氏。この2人が、映画『沈黙』の問題点をあぶり出しながら、宣教師やキリシタンに関する歴史の真実に迫る!
日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・サビエルは、天竺(インド)から来た仏僧だと思われていた。(写真/アフロ)
岡美穂子(東京大学史料編纂所准教授)×星野博美(ノンフィクション作家・写真家)
岡 教科書的なおさらいからすると、キリスト教は日本へは「南蛮貿易とセットでやって来た」、つまりポルトガルやエスパニア(スペイン)から世界各地へ布教に赴いた宣教師たちは、商業活動にもさまざまな形で携わっていました。その拠点のひとつがマカオで、だから映画『沈黙』の冒頭でも、あそこを経由してパードレ(司祭)たちが九州へやって来ます。
星野 あのマカオのシーンはめっちゃ手抜きで、オリエンタリズム丸出しだったのが面白かったですね。カンフー映画に出てくる酒場みたいな、適当な感じで。
岡 日本の描写は、原作小説『沈黙』のあとに進んだキリシタン研究から判明したことも入れ込んでいたのに、あそこは確かに……。ただ、マカオの波止場のあたりは19世紀に撮影された写真を参考にしているのかな、とも思いました。
星野 イエズス会の当時の戦略が「領主を教化して、民衆に広げる」というものだったからか、彼らはマカオで商業活動はしていたけれども、布教に力は入れていない。そこを分けて考えていたのが、面白いところですね。
岡 彼らは明(中国)の首都・北京において、どうやって自分たちのステータスを上げるかを考えていたんですよね。宣教師たちの商業活動への関わりということで少し宣伝させていただくと、私の夫ルシオ・デ・ソウザとの共著『大航海時代の日本人奴隷』(中央公論新社)を先日刊行したのですが、そこでは南蛮貿易で日本人が奴隷としてインドやアフリカなど世界各地に売られていたこと、それにイエズス会がどれくらい関わっていたか、売られていった人たちがどうなったのかについて書いています。