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更科修一郎の「批評なんてやめときな?」【22】

長いことお山の大将をやっていると毒が回ってくるのかもしれない…幽霊、座敷牢のラジオから四半世紀。

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――ゼロ年代とジェノサイズの後に残ったのは、不愉快な荒野だった?生きながら葬られた〈元〉批評家が、墓の下から現代文化と批評界隈を覗き込む〈時代観察記〉

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関西ローカルなので、番組本は士郎正宗とクトゥルーの青心社から出ていたが、文春砲だったこともある。

 深夜ラジオを本格的に聴き始めたのは高校時代だ。六畳に生徒会長の先輩と2人の座敷牢……もとい、寮生活はテレビ所有禁止だったので、勉強のふりをしつつヘッドホンでラジオを聴くしかなかった。当時、熱心に聴いていたのは『電気グルーヴのオールナイトニッポン』で、『ビートたけしのオールナイトニッポン』から『深夜の馬鹿力』まで脈々と連なる深夜の芸人ラジオの系譜だが、ファミスタ対決で負けた伊集院光に新宿二丁目のコンビニでゲイ雑誌を領収書付きで買わせる様子を実況中継するとか、悪趣味系アングラの匂いが濃厚だったので、ANNの歴史でも語られることは少ない。

 その電グルと筋肉少女帯の大槻ケンヂ経由で地続きだったのが、朝日放送の日曜深夜『誠のサイキック青年団』だ。パソコン雑誌の投稿欄で知り合った大阪の友人から教えてもらったのだが、北野誠と竹内義和という、東京人には何者かすらわからんおっさんの立て板に水なゲス邪推トークは悪趣味だが生活感があった。この頃、関西のアンダーグラウンド文化は面白く、青春18きっぷ片手によく大阪へ行っていた。吉本印天然素材や古田新太もまだローカルスターだった時代だ。しかし、関西のラジオ番組を東京で聴くのは大変で、実家からくすねてきたBCLラジオでも日中は難しかったが、日曜深夜は時折、スピルオーバーが発生するので、ギリギリ聴くことができた。

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