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磯部涼の「川崎」【第十二回】

【磯部涼/川崎】競輪狂いが叫ぶドヤ街の歌

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日本有数の工業都市・川崎はさまざまな顔を持っている。ギラつく繁華街、多文化コミュニティ、ラップ・シーン――。俊鋭の音楽ライター・磯部涼が、その地の知られざる風景をレポートし、ひいては現代ニッポンのダークサイドとその中の光を描出するルポルタージュ。

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川崎競輪の場内で紫煙をくゆらす、フォーク・シンガーの友川カズキ。

 そこは、ネズミ色の世界だった。川崎駅の東口を出て、通称・市役所通りを1キロほど行くと川崎競輪場にたどり着く。エントランスは平日の昼間だというのにごった返している上、誰もが一様にくすんだ服を着ており、見分けがつかない。「こっちこっち!」。そのとき、よく通る声で呼び止められた。振り向くと、ネズミの群れの中に野犬のような鋭い目つきの男が立っている。

「ここにはよく来るのかって? くだらないこと聞かないでよ」。異形のフォーク・シンガーとして、そして、ギャンブラーとして知られる友川カズキは、秋田弁でそう言ってこちらを睨むと、次の瞬間、笑った。「あのエレベーターなんて私の負けた金でつくったんじゃないかな」。空は青く澄み渡っているが、スタンドは相変わらずのネズミ色だ。眼下のバンクでは、選手たちが風を切っている。「競輪選手には休みがあるのに、レースは365日、どこかしらでやってるんで、競輪ファンには休みがない。不平等でしょう? 『ゴキブリが走ってても金賭けたくなる』って言う人がいるぐらいだから、ちょうどいいけどね」。1日に4箱は吸うというチェイン・スモーカーの彼は、新たなタバコに火を点けながら饒舌に語る。「ただ、競輪で身を崩したことはない。というか、もともと身を崩してるから。金持ちは破滅するんですよ。私は元に戻るだけ」。打鐘が鳴らされ、選手たちがラスト・スパートに入った。

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