――男性週刊誌を開けば包茎手術の広告が当たり前のように載っているが、これはいつから掲載されるようになったのだろうか?過去の男性週刊誌を振り返りながら、その起源と変遷を探っていこう!
【1】今回調査した中では最も古い豊島整形外科 【2】『平凡パンチ』廃刊号に掲載されていた1ページ広告 【3】「包茎手術を日本に広めた」という高須クリニック 【4】包茎といったら誰もが連想するタートルネック 【5】コンプレックス商法のクリニックが、カーレースのスポンサーとは、実に景気のいい話である【6】最近の広告は情報過多な気もする
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今でこそ日本でメジャーな存在となった包茎手術。しかし、その起源はいまだ特定されていないという。かの有名な高須クリニック院長・高須克弥氏は「80年代に自分がビジネスとして日本に広めた」(『週刊プレイボーイ』集英社・2007年6月11日号)と主張しているが、真相を知る術はない。
ただ、こちらの記事に登場した須長氏も述べていたように、包茎手術の普及に一役買ったのは雑誌などの広告と考えられている。ならば、それらの歴史を遡ることにも意義があるのではないだろうか。その謎を解くために雑誌の図書館・大宅壮一文庫で過去の男性週刊誌を読み漁って調べてみた。
1965年、当時の若者のバイブル的雑誌であった『平凡パンチ』(マガジンハウス)に『逞しくなる医学の手引き 男子整形』【1】なる書籍の広告を発見。今回の取材で確認した中では、これが最古の広告となる。説明文には「包茎、短小整形、亀頭整形、男子不妊症」などの文言が見られる。
この時代の整形外科や泌尿器科の広告には、性病の文字はあっても包茎に関する記述は見られなかった。しかし、包茎手術を推奨するような記事は存在していたため、「男が恥ずべき下半身事情」というイメージが抱かれていたことは確かなようだ。ただ、当時はペニスの大きさよりも身長を気にしていたようで、身長を高く見せるシークレットシューズの広告が多く見られた。この傾向は80年代まで続くことになる。
変化が見られたのは、『平凡パンチ』が廃刊となった88年。仮性包茎を“矯正”するためのリングが埋め込まれたビガーパンツなどの怪しげなグッズと共に包茎手術の広告が大量掲載されるようになり、ひとつの雑誌に複数、または1ページ丸々使ったもの【2】も登場した。上野、神奈川美容外科、高須【3】といった名の知れたクリニックが台頭してくるのもこの頃からだ。