サイゾーpremium  > 特集  > タブー  > 【映像タブー】とアートの境目

――音楽は消費されるものではなく、世界を変えるためのもの――。アーティストにとって、こうした信念を表現する手段が、楽曲であり、映像で具現化させたMVの世界。人種差別問題から社会批判、過激な性描写まで。これは芸術なのか? 本誌ライター陣、小林雅明&丸屋九兵衛両氏によるMV傑作選【記事はこちら】と合わせてお楽しみください。

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テイラー・スウィフトやドナルド・トランプなどを素っ裸で「Famous」のMVに登場させたカニエ──かと思いきや、彼と嫁のキム以外はすべて蝋人形。やりおるな確信犯!

「テイラー・スウィフトの乳首、見たことある? まだならカニエ・ ウェストのミュージックビデオ(MV)を見てごらんよ!」──そんな感じで話題が広がっていったカニエのシングル“Famous”のMVは(右部写真)、ひとまず成功したといえるだろう。MVは、こと日本においてはプロモーションビデオ(PV)という言葉に置き換えられ、楽曲の付随物という捉え方で浸透している。ところが、このMVを発表したカニエをはじめ、映像クリエイター側には、あくまでこうしたMVはプロモーションの一環でありながら、“ひとつのアート”としての側面も打ち出している(同作がモチーフとしたのは画家ヴィンセント・デジデリオの絵画「スリープ」で、公開直前にデジデリオ当人を抜き打ちで招き、無理やりお墨付きをもらったという経緯すらある)。

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