――一時は“最貧国”ともいわれ、国際社会の圧力と締め付けを受けながらも、北朝鮮がそれらの開発に注力するようになった背景とはそもそもなんだったのか? ここではあらためて、北朝鮮のロイヤルファミリーの思想の変遷を追っていこう。
『金日成回顧録―世紀とともに〈1 1912.4‐1930.5〉』(雄山閣出版)
核 ・ミサイル開発に邁進する北朝鮮だが、そもそもは朝鮮半島の非核化を主張していたという事実がある。北朝鮮は、核の平和利用しか認めないソ連からの強い要請により、1985年に核不拡散条約(NPT)に加盟。92年には、韓国との間で「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」に署名した。この金日成主席の非核化路線の背景について、外務省関係者はこう指摘する。
「金日成は、マッカーサーが朝鮮戦争で原爆使用をトールマン大統領に進言した背景もあり、自国の防衛と南北統一のためには原爆保有は必須だと考えて、自主開発を進めました。ところがソ連によってNPTに加盟させられてしまう。92年の南北非核化宣言は、在韓米軍の戦術核の撤廃が目的でしたが、同時に、北の後ろ盾であったソ連が韓国と国交関係を結んだことで、ソ連の核の傘が有効に機能しなくなったことも背景にあります。
今からは想像がつかない話ですが、韓国で『漢江の奇跡』の成果が現れる1970年頃までは、ソ連の後押しを受けた北朝鮮のほうが、経済的には発展していました。当時、韓国の朴正煕大統領は、自主国防のための核武装構想を持っていたといわれており、経済も逆転され、ソ連の核の傘もなくなった金日成は、自ら非核化を提唱することで、自国の核開発の時間稼ぎをすると共に、核の均衡を取ろうとしたのではないかとも考えられます」(外務省関係者)
こうして進められた北朝鮮の非核化路線だが、プルトニウム型原爆の開発が可能な大型黒鉛減速炉への国際原子力機関(IAEA)の査察をめぐり、翌年には同国がNPT脱退の意向を表明するなど、すぐさま綻びを見せることになる。
「北朝鮮は93年5月、日本海に向けてノドンを発射して以降、核・ミサイル開発を加速させていきました。この頃には、核・ミサイル開発はすでに規定路線でしたが、それを加速させることは、金正日が金日成に代わって軍を掌握するための手段でもあったのです。そして、9・11同時多発テロを受けた米国が、北をイラク・イランと共に『悪の枢軸』と名指したことで、米国の核の脅威に対抗するためにも、彼らにとって核・ミサイル開発は緊要な課題となりました」(同)
一時は、米朝枠組み合意で安定するかに見えたが、実際には北朝鮮が弾道ミサイル発射や核実験を行い、国連安保理が制裁決議を採択するという、チキンレースが繰り広げられてきた。そして、その後に登場したのが、現在の最高指導者である金正恩第1委員長だ。
「金正恩は、核・ミサイル開発を停止する考えは毛頭ありません。核ドクトリンを策定して核開発を法制化し、ミサイル開発についても制度化するなど、誰はばかることなく進めています。実際に、彼の代になってから経済状況が上向きなことも、その姿勢を後押ししているのでしょう。その上、米国に核ミサイルを打ち込む動画を作って嬉々とするなど、常識では考えられない面もあります」(同)
建国以来、馬耳東風で進められてきた北朝鮮の核・ミサイル開発は、いよいよ最終段階に突入するのかもしれない。
金一族のあくなき核への思いとは?
親子3代思想の変遷【1】核の秘密開発時代(1956~1994年)
権謀術数の初代・金日成
1948年に北朝鮮を建国した金日成は、自らが仕掛けた朝鮮戦争で成し遂げられなかった朝鮮半島統一を実現するため、原爆保有に固執していた。この背景には、マッカーサーが朝鮮戦争で原爆投下を大統領に上申したという、米国の核の脅威があったといわれる。韓国にある在韓米軍の核兵器を放棄させるために、自ら非核化を提唱しつつ、その裏では秘密裏に核開発を進め、今に至る核開発の基礎を築いた。【2】チキンレース時代(1994~2011年)
外交名手の二代目・金正日
米朝協議や六者会合(米朝露中日韓の外交交渉)を、「振り子外交」や「瀬戸際外交」とも称された巧みな外交手腕で乗り切り、在任中に3回の核実験の実施と2回の長距離弾道ミサイルを発射。核・ミサイル開発を強力に推し進め、「核保有国宣言」をするにまで至った。また、外貨獲得にも力を入れ、シリア、イランなどに弾道ミサイルを、アフリカや東南アジア諸国に通常兵器を輸出し、核・ミサイル開発費の捻出にも注力した。【3】核の強化・量産時代(2012年~)
武闘派の三代目・金正恩
父の金正日は、対内外的な影響を考慮し、確実な成功が見込める段階になってから核実験やミサイル発射を行っていた。しかし、「青年大将」とも称された金正恩は、失敗をものともせず、核実験や長距離弾道ミサイル発射をはじめとして、SLBMや多連装ロケット砲などの発射を繰り返している。弾道ミサイルの攻撃対象として日米韓を名指し、延坪島砲撃、天安艦撃沈、米韓へのサイバー攻撃を行うなど、その行動は危険水準に達している。