日時:2016年3月26日
場所:レッドブル・スタジオ東京ホール(渋谷)
本誌連載「ファンキー・ホモ・サピエンス」、そしてブラックミュージック情報サイト「bmr」の編集長としてもおなじみの“キモオタ界、最後の希望”こと、丸屋九兵衛氏が不定期で開催しているトークライブ「Q-B-CONTINUED」をご存じだろうか。本誌16年4月号の「文壇タブー」特集における「邦訳すべき“歴史改変SF文学”」企画でも、その知識の泉っぷりを披露した彼のトークライブに、連載担当である私、編集部佐藤が潜入してきたので、その模様をレポートしたい。
丸屋氏の音楽に対する――特にブラックミュージックにおいては他の追随を許さず――造詣の深さは言うまでもないが、実は彼の連載を担当するまでは、“頑固な編集者”としてのイメージが強く、かつお世辞にも社交性の高い人物、というイメージは持っていなかったのだが……と言っては、丸屋氏との間に溝ができてしまうので、このへんでとどめておきつつ、「ファンキー・ホモ・サピエンス」を担当してからは、その印象は完全に払拭されたのは言うまでもない。
そんな彼が第1回目の「アルプスの少女ハイジ」から始まり、「腐女子」や「チョコレート」など、ジャンルに固定されることなく繰り広げてきたトークライブだが、足を運んだ第7回目の題材は、日本では〈主演・堺正章のドラマ〉としても知られる「西遊記」。「猪八戒が西田敏行から左とん平に変わっていた」「いま、思い返せば三蔵法師役の夏目雅子は本当にきれいだった」という記憶のみで臨んだトークライブだったが、今回ばかりはお世辞抜きに、本当に時間が経つのも忘れてしまうほど、濃厚な2時間となった。
まず、「西遊記」がそもそもどんな物語だったのか、あらすじの説明からは始まるのは当然だとして、ちょいちょい丸屋氏が小ネタを挟む。例えば、名訳と名高い「西遊記」ダイジェスト英訳版のタイトルは「The Monkey & The Monk」なのだが、
「これは、ドクター・ドレーに見出されたテキサス出身のラッパー、D.O.C.の楽曲『The D.O.C and The Doctor』と同じタイプの文字列になるのですが」
と、さらりとヒップホップ・フレイヴァーに満ちた小ネタを挟み込む。なるほど、その着眼点は間違っていない、とうなずいた私だったが、会場に集った精鋭たちは苦笑じみた表情を見せている。それもそのはず、会場の精鋭たちは、なにも丸屋氏のブラックミュージックに関する知識のみを受講しに来ているわけではない。前述の“知識の泉っぷり”を体感しに来ているのだ。彼のトークライブの進行を支えるスペシャルホスト役のサンキュータツオ氏も、「以前にも丸屋さんから西遊記の話を聞いているんだけど、忘れてしまってた。でも、やっぱり改めて聞いても面白い話なんだよね」とマイメンとしての賛辞を送る。
ほかにも、「三蔵法師は9つの前世のカルマがあって筋斗雲には乗ることができない」「沙悟浄が首からぶら下げているドクロのネックレスは、自らが闇に葬ってきた歴代三蔵法師9人分の頭蓋骨」「如意棒は伸縮自在だが、質量保存の法則によって伸びようが縮もうが8トンの重さは変わらない」などなど「西遊記」そもそもの物語にまつわる興味深い内容が繰り広げられる(「ということは、夏目雅子は岸辺シローに毎度殺されながらも、共に旅路を行くカオスなユニットに収まっていたのか」といった幼少期には理解することのできなかった事実に驚愕)。
ちなみに、三蔵法師は天竺へたどり着くため、常に徳を高め、射精したことは9回の前世でも今回の人生でも一度もなく、“還精補脳”という性的欲求を得るためのエクスタシーを脳に環流させる、という方法を取っていたという。しかし、そんな徳高き坊さんだったからこそ、生身の肉体はすこぶる美味だったようで、生まれ変わっても沙悟浄に毎回食われるという(しかも9回)、頭が良いのか悪いのか微妙な僧侶、ということもわかった(「意馬心猿」ということわざは、「西遊記」発祥なのではないかと思えたほどだ)。
さらには、映画版「西遊記」の主演〈孫悟空〉役を務めた香港のアクションスター、ドニー・イェンを敬愛する丸屋氏の口から、「あまりの猿々(さるざる)しいメイクで、顔はほとんど毛で覆われ、もはや彼に孫悟空役をお願いする理由はあったのだろうか」など、本編から派生するクスッとくるネタも披露。そして終盤、「全世界で愛され続ける西遊記の主人公、孫悟空は果たしていつ誕生したのか?」というそもそもの謎に対し、丸屋氏が考案したのは、〈アイス・キューブ「It Was Good Day」がいつだったか割り出したことを参考に、孫悟空生誕を突き止める〉という方法。
「It Was A Good Day」は、キューブが生まれ育ったロサンゼルスのサウスセントラルで起きた他愛のない1日を歌った曲だ。しかしサウスセントラルといえば、黒人低所得階層の街として知られ、決して治安の良い場所だったとは言えない地域。そんな街の「バスケットボールが楽しかった」「銃を使わずに1日が終わった」「仲間が誰一人命を落とすことがなかった」「バスケの試合でレイカーズがスーパーソニックスに勝った」といった、とある日の出来事がリリックにちりばめられているわけだが、それを基にキューブと同郷である白人スケーターのドノヴァン・ストレインが「キューブが『It Was A Good Day』で歌った日は、この日である」と、2012年に割り出したことを自身のTumblrで発表した。
丸屋氏はこれに倣い、「孫悟空はそもそも金剛石(ダイヤモンド)で、猿の形をした無生物であった」という出生の秘密から切り出し、「342歳でいったん死ぬが、冥界で閻魔大王相手に大暴れ。寿命が書いてある“閻魔帳”を塗りつぶして現世に帰還」「悟空を危険人物として見なした天界に飼い殺しにされて計115年」「天界の桃の大食い大会で暴れて、お釈迦様に幽閉される」「500年後、三蔵法師の弟子となり、天竺を目指すことにした」といったエピソードを時系列にたどっていき、三蔵法師と出会った時の孫悟空の年齢を957歳と算出。そこから逆算して、生誕を紀元前328年前後であろう、と推測した。
歴史をたどるのみならず、小ネタやユーモアも交えた、あっという間の約2時間半のトークライブ。タメになるのは大前提、なにより思わずそのテーマに興味を抱かせてしまう丸屋氏の話術こそ、このトークライブの醍醐味であったように思う(そして、一切“噛まない”という弁舌の立ちっぷり)。次回の「Q-B-CONTINUED」の開催は未定だが、興味を持った読者諸氏には、ぜひとも丸屋氏の知識の泉に浸かっていただきたい。