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町田 康の「続・関東戎夷焼煮袋」第29回

【イカ焼き】――そして私は、大坂の地下を彷徨い続ける。

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――上京して数十年、すっかり大坂人としての魂から乖離してしまった町田康が、大坂のソウルフードと向き合い、魂の回復を図る!

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photo Machida Ko

 悟りのための智慧が凝縮したような、無のなかで作られた宇宙の始原の始原が掌の中にあることの恍惚と不安に頭が痺れ、周りが、周りの景色が音となって、オーム、オーム、と響いて耳を聾し、周りの音が色彩となって明滅して目を焼き、自分の身体は、上下とか前後とか左右とか縦横斜めとか、ぜーんぶなくなって、回転役のように回転しながら、色と音の渦のなかでくるめいている。

 そんなことになってしまった私を現実に引き戻したのも、やはり、掌の中のものであった。

 アチャチャチャ。

 私は人目を憚らず喚き散らした。さほどにイカ焼は熱かった。ふと視線を感じて、振り返るとカウンターの内側で白衣を纏った女が私に真っ直ぐな視線を向けていた。急に弱気な気持ちになって、私はこれまで間違った生き方をしてきたのでしょうか。と問いたくなった。

 それが伝わったのだろうか。白衣の女は真っ直ぐに私を見て無言で頷いた。頭の中に直接的に言葉が伝わった。白衣の女は言っていた。

 熱々を召し上がれ。

 そうだ。この熱は次第に奪われていく。いまはこのように手を焼き、魂を焼く暑さを持っているが、それはときとともに冷め、最後には冷たく固くなってしまう。その前にそれを食べておしまいなさい。それを識るために。と、同時にそれを識らないために。

 黒衣を着た女が目の前を通りすぎていった。

 頗るいい女だった。新地の女か。いや、違う。新地の女はこの時間、一日で一番不細工な顔を自宅のベランダや居間で陽の光に晒しているはずだ。新地というのは北新地のこと。関東における銀座のやうなところである。

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