――ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地
コミックマーケット(コミケ)など、日本では二次創作発表の場は"確保”されているが……。
[今月のゲスト]
福井健策[弁護士]
――日米含む21カ国の政府による秘密交渉ゆえ、一切公表がなされないTPPだが、大手メディアでは農産物の自由化に焦点が行きがちだ。だが、それ以上に日本社会の根幹を揺るがす可能性があるのが著作権問題だ。メディア関係者のみの問題と捉えられがちなこのジャンルだが、消費者にも大きな影響を及ぼすということは忘れてはならない――。
神保 TPPというと農産物に関心が集まりがちですが、マル激が注目してきたのは著作権などの知財分野です。これは社会のあり方すら変える可能性がある問題にもかかわらず、農作物などの分野と比べると、明らかに過小評価されてきました。
しかし、ここにきて、最終的な合意内容が決まりつつあるという情報もあるので、きちんと議論しておく必要を感じました。
宮台 アメリカが、農産物や知財でいかにお金を稼ぎ、将来を含めてどれだけの経済的利益とつながっているか、がポイントです。「法的妥当性をめぐるぶつかり合い」というより、「権益を持つ者と持たない者のぶつかりあい」という話になりそうです。
神保 ゲストは著作権問題に詳しい弁護士の福井健策さんです。知財・著作権に関するTPPの交渉で、著作権の保護期間は死後70年で最終調整に入ったこと、著作権者の告訴がなくても著作権侵害で処分することができる非親告罪にするということが重要な論点であることは以前にもご紹介しました。2月にはNHKも合意間近と報じています。あらためて、TPPにおける知財・著作権関連の論点をご説明ください。
福井 まず著作権の期間延長についてご説明します。著作物は保護期間が過ぎると誰でも自由に使え、社会の共通財産になる。これまで、日本では著者が生きている期間プラス死後50年間でした。特許の保護期間は、出願から20年。作品が生み出されてから著者が何年生きるかにもよりますが、著作権はその4~5倍とかなり長い。これをさらに延ばして死後70年にする、というのがアメリカの要求です。文化だけではなく経済活動、特にデジタル社会の進展に相当な影響を与えるでしょう。実は米国内でも「長すぎるのでは」という議論が始まっています。
神保 なぜアメリカは著作権の保護期間を延長したいのですか?
福井 主張しているのは、アメリカ映画協会やアメリカレコード協会といった、ロビー力の強い知財産業です。理由はシンプルで、これらが最大の輸出産業だから。アメリカは知財の使用料だけで、年12兆円以上という驚異的な外貨を稼いでいます。例えば、ディズニーが著作権管理をしている『くまのプーさん』(1926年)だけで、世界で年間1000億円の収入を得ていると言われています。
著作権がある以上、作品を利用したければディズニーが要求するビジネス展開にしなければならず、ディズニーが全体をコントロールできます。戦前の古いものはほかにも、クリスマスソング、ドラキュラ、フランケンシュタイン、スーパーマン、バットマンなどがあります。これらの古い作品の権利が延び続けることで世界中から収入が入り続け、アメリカはソフトパワーを発揮し続けることができる。
しかし、日本は実はその逆です。著作権使用料の国際収支でいえば、年間6200億円もの大赤字です。しかも海外で稼いでいるのはゲーム・アニメ・マンガですから、古い作品ではない。
神保 保護期間の延長は「ミッキーマウス条項」と呼ばれていますが、ミッキーマウスの保護期間がもうすぐ切れそうなのですか?
福井 アメリカでは古い作品は死後起算ではなく、発行から95年が保護期間です。ミッキーマウスは1928年誕生なので、保護期間は2023年に切れます。過去のパターンからすればアメリカは、遠くないうちにさらに保護期間を延ばそうと言い始めるはずです。
しかし、日本やカナダのように死後50年を守り続けている国があり、世界が二分されているため、この状況下で一部の国だけ更に延ばすわけにはいかない。だから一旦死後70年に揃えて、次の延長への土台を築きたいのです。この期間延長条項には世界的に反対が強く、アメリカ国内でも電子フロンティア財団など多様な団体が大反対しているのは、その先にさらなる延長が待っており、無限連鎖が続きそうだからです。
それは、持てる者がさらに富み、持たざる者が使用料を払い続ける構図を固定化することになります。
宮台 であれば、法的な正義や妥当性の問題でなく、権益を持つ者の専横であることは誰の目にも明らかです。とすると、実際の交渉の場では、どんなことが話されるのでしょう。法内容の妥当性ではなく単に損得の問題にすぎず、自国だけが得をする要求をアメリカがゴリ押ししてくるのなら、力関係を背景にした鍔迫り合いにしかならないと思いますが。
福井 完全秘密協定のため、交渉の場で何が話されているかは説明されません。ただ、実はシンガポールやオーストラリアは2国間協議でアメリカに迫られて、すでに保護期間を延ばしてしまっています。これらの国は、ほかの国々のためにこの条項をめぐって戦う気持ちはなく、アメリカ側への消極的賛成に回る。
日本やカナダなどの残り6カ国が反対していましたが、全体21分野でのパッケージであることがここで効いてくる。著作権でアメリカに譲歩する代わりに、関税について手心を加えてもらいたい、それよりもTPP自体が潰れてしまっては困る……などの計算が、日本政府にも働いているように感じます。
さらにいえば、期間延長の本質的な問題は権益以上に、古い作品が死蔵されやすくなることです。著作権者の死後は権利が相続され、相続人全員の共有となるため、全員の同意がなければ使えない。ところが権利者がすぐに見つかるのはディズニーのようなごく一部の売れ筋コンテンツであり、多くの作品では死後数十年たつと権利者が非常に見つかりにくくなる。そこで権利処理が難しくなると、例えば電子図書館のような非営利セクターであっても所蔵しにくくなります。実は過去の全作品の50パーセント以上は、権利者を探しても見つからない状況です。これを孤児作品(オーファンワークス)と呼び、世界中で大問題になっています。