──年齢不詳、職業不明、痛風持ち……老獪タカスが、自らの五臓六腑をすする気合で過激に告白&提言
伊藤文學氏と私。お互い出版業界は長いはずだが、この歳になって、初対面。2人の残された人生で、“ブルーローズ”なエロを武器にもうひと波乱起こそうと、密かに誓い合った夜だった。
常々、女のエロの突破口ばかりを考えてきた。ヘアヌード写真集をプロデュースしたとき、まず先にカネを払うのは女優に対してである。私自身は、女の余ったカネで生きてきた。また、彼女たちがその後も稼いでいける道を作れるよう考慮もしてきた。
男にはまったく興味がなかったが、昭和の裏街道で一時代を築いたゲイ雑誌「薔薇族」の元編集長、伊藤文學氏に昨年末初めて会った。文學氏は82歳。ゲイ雑誌を主宰していたのだから、オカマだろうと思っていたら、「80歳になって、初めて男におちんちんを舐めていただきました」と言うから笑ってしまった。「どうってことなかった」と言っていたが、それは単に年齢的なものではないだろうか。
文學氏といえば、私の脳裏に真っ先に思い浮かぶのは、元妻の故伊藤ミカ(享年33歳)のことである。60年代を中心に活躍した舞踏家、パフォーマーだ。ハプニングやヒッピー、LSD、大麻、ロック……新宿がカオスだった時代、私は新宿厚生年金会館の裏にある絨毯バーに足しげく通っていた。まだ20歳そこそこの子どもだった。そこに伊藤ミカもいた。155センチほどの小さく筋肉質な体。鬼気迫るパフォーマンスは、世間では”ハプニング”とひとまとめにされたが、まったく異なる。前衛舞踏よりも生々しい動き、自分で縛りながら彼岸に行く自縛”死”を、ドラッグや音楽ではなく、視覚から訴えかけた。今でいうカリスマだ。