――本稿では視点を変えて、熱心なイスラム教徒であるヒップホップのラッパーたちのリリックから、その"思想"を読み取りたい。なぜ、アメリカの黒人ラッパーたちはイスラムに惹き付けられたのか。そしてイスラムがヒップホップに与えた影響とは?
ラッパーとしてデビューし、今や世界的に知られるようになったモス・デフa.k.a. ヤシーン・ベイは、正統派ムスリムとして知られている。
いまだにヒップホップというジャンルには、偏見を持つ者が多い。危険で暴力的、かつ犯罪に直結する歌詞(リリック)の内容が、一般的に害悪のイメージを与えるから——。
ある種、正解かもしれないし、それは大きな誤解でもある。結論から言ってしまえば、アメリカのヒップホップは、イスラム教が存在しなければ生まれ得なかった音楽と言えよう。それほど、ヒップホップとイスラム教の関係値は深い。
果たして、イスラム教とヒップホップは、どのように邂逅し、誕生したのか。そして、ヒップホップに根差すアーティストの思想というのは、過激なものなのだろうか? 本稿では、アメリカのヒップホップにおけるイスラム教との関係性、そしてラッパーたちのリリックから、そこに潜む真実を読み取っていきたい。
「Words I Never Said」(11年)Lupe Fiasco
〈Jihad is not holy war, where's that in the worship? Murdering is not Islam, and you are not observant. And you are not a Muslim〉
―ジハードは聖戦ではないぞ/どこにそんな信仰があるんだ/殺人はイスラムではない/お前らは厳格な教徒でないし ムスリムではない―
これはシカゴ出身のラッパーで、スンニ派のムスリムであるルーペ・フィアスコのアルバム『Lasers』に収録されたの一節である。今回のシャルリー・エブドの事件を考えると、つい最近書かれたかのようなリリックだ。また、彼は昨年に「イスラムが将来、全世界を席巻することがあると思うか?」という質問に対して、自身のツイッター上で肯定的な答えを示したり、「オサマやサダムが俺たちの指導者だなんて思うな」とラップした過去もある。
ここで誤解していけないのは、ルーペはイスラムの教義を伝えるためにラップしているわけではない、ということだ。もちろん、教義をいかに伝えるかに特化した"ムスリム・ラップ"というのも、メインストリーム・ヒップホップ【註1】とは、また別のところに存在している。曲によってムスリムとしての自分の考えを言葉にしているという意味で、彼の場合は「ムスリムがラッパーになった」というより、「ラッパーがムスリムだった」と形容するのが正しい。