――少女マンガに幽霊が出る――当て馬男子という幽霊である。構造を単純に見れば、ヒロインとヒーローが結ばれるだけの物語の中で、主人公たちの恋の障害として登場する噛ませ犬キャラの存在に、あなたは気づいているだろうか? ここでは、"少女の夢"の陰に散っていく当て馬男子にスポットを当ててみよう。
名作が続々と映像化され、百花繚乱状態の少女マンガ。しかし、基本フォーマットはたいてい一緒のようで……。
2014年に成人式を迎えた独身男女800人のうち「片思い含む恋愛の経験数」(オーネット調べ)は、1回でも恋愛経験がある女子が85・4%なのに対し、男子は77・2%だった。実際の男女の人口比(105:100)を考慮すると、12ポイントもの開きがある。そういえば周囲にも、いい人なのにカノジョがいない男子がやたら多いような……。と、実は担当編集者の「なんで可愛いコはみんなイイ男がもっていっちゃうんだよー!」というルサンチマンから始まったこの「少女マンガの当て馬男子」企画。つまり、ヒロインとヒーローが苦難を経てゴールインする、 少女の夢を満たす恋愛マンガ(=少女マンガ)の裏側で、主人公たちの気持ちを揺れ動かす、当て馬キャラの存在が気になるのだ。ある意味ご都合主義的に登場しては、主人公たちの恋愛をかき乱し、2人の絆を強くこよらせ、そして切なく散っていく彼らについて調べてみると、単なるキャラクターではなく、少女マンガという枠を超えた、女心の根源にまで至る深いモノを内包していた。
遡ってみると、古いところでは63年『リボンの騎士(なかよし版)』【1】にすでに、海賊ブラッドという、ヒロインに横恋慕するキャラクターが登場している。本命・フランツ王子とは逆の、クールでワイルドな魅力を持つ男として描かれているばかりか、王子の養子に出された実兄というドラマチックな背景までついて、すでに当て馬男子として完成されている。
その後の古典的名作を挙げると、『エースをねらえ!』(山本鈴美香)では、偉大すぎるコーチ・宗方仁を前に、ヒロイン・岡ひろみに愛しさを感じつつも見守るだけに徹した藤堂貴之、同じパターンで『ガラスの仮面』(美内すずえ)では、大都芸能社長・速水真澄に対しての、一劇団員・桜小路優、『はいからさんが通る』(大和和紀)の青江冬星は、トラウマと冷静さゆえ恋をあきらめるという、その後定番化するクール系当て馬男子のヒナ型に。『ベルサイユのばら』【2】は、愛しているのに身分差ゆえ、幼ない頃から見守るしかなかったアンドレが、最後にヒロインを手に入れるという逆転劇を見せ(たが、死亡フラグだった)女性読者の紅涙を絞った。この"黄金の三角形"は、文学性の高い作品で、SFやファンタジー的要素や、同性愛の概念を導入し、単純な恋愛物語だった少女マンガにパラダイムシフトをもたらした「昭和24年組(萩尾望都、竹宮惠子、大島弓子など)」の登場にも揺らぐことなく、『NANA』【3】では、好きな2人の男の間でヒロインが予想外の妊娠、つらい別れに至るというリアリズムを見せつけた。その後、少女マンガの過剰なエロ描写が問題になっていた05年の『僕は妹に恋をする』(青木琴美)『僕の初恋をキミに捧ぐ』【4】などは、やはり描写も過激で、当て馬男子が激情を抑えきれずヒロインをレイプしようとするシーンがごく普通にあったり(これが緩和・記号化されて後の「壁ドン」に続くという話も)、最近では『俺物語!!』【5】の砂川誠という、イケメンなのに主人公の恋には絡んでこず、あくまでも友情最優先のバディという、ブロマンス風味も貪欲に取り込んでいる。
このように、少女マンガに当て馬キャラが登場するのは、「週刊少年ジャンプ」(集英社)におけるバトルトーナメント戦みたいなもので、避けては通れない定型だという。
「少女マンガの物語の半分近くは、この"2人の男の間で揺れ動く女心"モノなんじゃないでしょうか(苦笑)。2番手くんが報われない思いを吐露するシーンが、切ない見せ場になってたりするんで、作品を盛り上げる陰の功労者でもあるんですよ」と、宝島社『このマンガがすごい!』編集部・薗部真一さんも話す。