――『鬼平犯科帳』など数々のテレビ時代劇を手がけた脚本家の金子成人氏が、作家デビューした。そんな金子氏に大御所との交遊録を聞いたところ、北大路欣也や石原裕次郎などの名前が飛び出した!?
(写真/三宅祐介)
倉本聰の弟子にして40年以上のキャリアを持つ脚本家・金子成人は、『鬼平犯科帳』『剣客商売』といった代表作で知られる重鎮だ。それだけに、間近で目撃した大御所俳優たちの逸話には事欠かない。
「『大都会』シリーズ(76~79年/日本テレビ)の石原裕次郎さんはシャイでしたね。普段会うことのない脚本家たちと酒を飲む場が設けられたのに、石原プロの方が裕次郎さんに紹介しそびれて、結局僕はしゃべれずじまいだったけど。
やんちゃで有名だった『前略おふくろ様』(75~77年/日本テレビ)の時期のショーケン(萩原健一)は、台本について『セリフ直したいんですけど』って、ちゃんと一言断ってきましたよ。仕事は律義な人でした」
『御家人斬九郎』シリーズ(95~2002)には、今やハリウッド俳優として大活躍している渡辺謙が主演していた。
北大路欣也とは、30年くらい前、現代劇の仕事が最初だった。「30代のとき、沖縄にロケで1ヵ月くらい滞在してたんですが、毎晩酒を飲み倒して馬鹿騒ぎしてました。泉谷しげるや桑名正博も混じって大騒ぎ。でもどんなに飲んでも、翌朝の芝居には一切支障がない。勘九郎(十八代勘三郎)も朝まで飲んで、舞台はきちんと勤めた。すごい人たちです」
倉本聰の教え
そんな金子氏が御年65歳にして小説家デビューを果たした。処女作のタイトルは『付添い屋・六平太』。19世紀の江戸・文政年間を舞台に、とある事情で藩を追われた浪人・六平太が、裕福な家のお出かけに付き添うボディガードで糊口を凌ぐ。市井の人情話である。ただし、「付添い屋」は金子氏の造語だ。そんな職業、現実にはない。
「言ったもん勝ちだからね(笑)。とび職の男が暇なときに娘のお供を請け負うようなことはあったようですけど。ただボディガードではあっても、ヤクザの用心棒にはしたくなかった。親分のために肩肘張って腕にものを言わせるんじゃない、フリーランスのいい加減さ、曖昧さを持ち合わせているのが六平太です」
宮仕えとは無縁なフリーランスへの憧れ。藩の派閥争いに巻き込まれ放逐された六平太の姿は、現代のサラリーマンにもダブる。
「当時の江戸にはお家を潰されて飛ばされた浪人が大勢いました。境遇としては珍しくない、普通の人が普通に飛ばされた話。特別な設定はいらないと思ったんです」
たしかに、六平太には「復讐」や「志」といった目的意識はない。大事件が起こるわけでもない。にもかかわらず、そこには確固たるドラマが存在し、どの人物も魂が宿っている。
「悪人なんかいなくてもドラマはできると、倉本さんに教わりました。よく言われたのが、ウソを書くな、都合のいいように人を動かすなということ。困ったら脚本家の都合でドラマを作るんじゃなくて、もっと人物を掘り下げろとね。弟子としてついていた時期には、登場人物1人あたり原稿用紙2、30枚の履歴書を書かされましたよ。親がいるかいないか、兄弟は何人か。それで行動は随分と変わってくる。アルミチューブに入ってる歯磨き粉ってあるでしょう。押したらその形のまま戻らないやつ。あれの頭の部分を押して歯磨き粉を出す奴なのか、ケツの部分を押す奴なのかでも性格が違う。それくらい作りこんで初めて台本になるんだぞと。役者から『台本にあるこの"はい"はどういう意味ですかと聞かれたら、即答できなきゃいけない』と。それまで大雑把に生きてきたから、倉本さんの繊細さについていくのは大変でした(笑)」