――「格差」が社会論の中で常に中心におかれ、「勝ち組/負け組」というキーワードが一般化した昨今。政治、経済、文化などなど、現代社会における人間の あらゆる営みで生じている、ゆがみやきしみ、構造不全、機能不全といった諸問題を、マッチョとヘタレという視点で整理し、解決の糸口を探っていく本連載。 第三回目は、エセマッチョと、企業内部に増殖している彼らにカモられるマッチョワナビーたちと、彼らがこれから進むべき道について考察していきます。
【バックナンバー】
■第一回「マッチョ主義からヘタレ中心主義の転換が日本を救う」
■第二回「与沢翼的な"信者ビジネス"にハマるマッチョワナビーたち」
「あなたの脳が9割変わる! 超「朝活」法」(ダイヤモンド社)
クロサカ 前回、マッチョ側の人間になりたくて浮き足立ち、エセも含めたマッチョから信者ビジネスなどでカモられている層……いわゆるマッチョワナビーについて触れました。それで、ここ数年で話題になった「意識高い系(笑)」と呼ばれてしまうような方々は、要するにマッチョワナビー的な性質を持った人が非常に多いんじゃなかろうかと。
境 “デキるビジネスパーソンたる私”“強者マインドを持ったオレ”みたいな自己像を演出することに躍起になっている感じの人たちですよね。マッチョに憧れて、妙な幻想を抱いてしまったヘタレ。100回生まれ変わってもヘタレなのに「自分もいつか、マッチョに!」みたいな。
クロサカ 「朝活」に血道を上げて、自分磨きに躍起になっている姿が目に浮かびます。SNSで繋がった意識の高い御仁たちと、ビジネス書の読書会をやったり。
境 朝活とか、僕はまったく詳しくないんだけど、どういう感じなの?
クロサカ 朝の7時からスタバに集まって、本を飛んだり、日経新聞を読んたりしてインプレッションを語り合ったり……。早起きして、語学や資格取得の勉強をしたり、新聞をしっかり読んだりすること自体は、いいことだと思うんですよ。ジョギングやヨガといった運動をするとか、雑務をこなすとか、朝の時間を有効活用することも、否定されるものではない。ただ、朝活そのものが目的化して、それだけに満足しているような人は、申し訳ないけど、ちょっと気持ち悪い。
境 それって、形を変えた合コンみたいなものなんじゃないの? それなら理解できる。
クロサカ いや、それがみんな、けっこう本気みたいですね。本気で自分磨きをして、いろいろな人と繋がって、いつかはマッチョ側の人間に! ……なんて山っ気をダダ漏れさせていたり。
境 日経新聞かぁ。僕の職場の先輩には「業界の東スポ」と言われてたしなぁ(笑)。ネットでたまたま言及された記事を横目で見て「あ、またこんなテキトーなことを書いてやがる。アハハハ」みたいな扱いですかね。一生懸命読んでいるのは、入省まもない1年生くらいでしょう。
クロサカ そもそも日経新聞って、非常にマッチョ的というか、マッチョ臭をプンプンさせている媒体ですよね。で、振り返ってみると、「日経は就職活動の必須アイテム」「日経くらい読んでおかないと就活に勝てない」みたいなことが喧伝されるようになったのって90年代なんです。
境 エセマッチョが「オレ、すげぇだろ」なんて具合にヘタレに対してアピールを始めた時期と重なる感じですよね。
やはり、エセマッチョとワナビーって、お互いひかれ合うようにして結びつくんですよ。エセマッチョはワナビーから時間やカネ、やりがいなどを搾取するわけだけど、搾取されながらも成り上がっていくことに成功した極めて少数のワナビーが、たとえエセであろうとマッチョ的に振る舞えるようになり、またワナビーから搾取していく……みたいな一種のエコシステムができあがっているから。
クロサカ たしかに。
境 アメリカはそもそも世界一じゃないと存続し続けられないみたいなところがある国ですから、世界一であるべく、国民をマッチョワナビーにするような教育をしてるんです。その結果、ごく一部の成功者を生み出すことはできたのだけど、多くはそこに辿り着けなかった。で「頑張ったけどダメだった……」というトラウマを抱えた元ワナビーとか、そもそもワナビーにすらなれなかった人たちとか、要は脱落者を膨大に生み出して、さらに格差を拡大している、と。所得の実態だけではなく、メンタルな部分での自己肯定感の格差ですね。日本も、その方向に行きそうになった局面はある。
クロサカ ええ。でも、本来は日本はそもそもヘタレが多数の「ヘタレ国家」ですから、「オレ、別にマッチョになりたいわけじゃないし」なんて抜群のヘタレ力を発揮して、その危機を回避してきた。「だってオレ、朝、起きられないもん」みたいな(笑)。
境 抜群のバランス感覚!(笑) ところで、朝活がんばっちゃうような意識高い系って、どのあたりの世代なんだろう?
クロサカ ここ4~5年のカルチャーとしてとらえるなら、20代の半ばから30代前半あたりがいちばん盛り上がっていますね。
境 そうなると、大学を卒業したのが00年代の中盤から10年代初頭あたりか……マッチョ全盛期に子ども時代を送った世代じゃないですか!
クロサカ そうですね。しかも、自意識を持つような年齢になってから、ずっと就職氷河期。
境 90年代前半から半ばにかけて“なんちゃってマッチョ”みたいなムーブメントがあったと思うんです。”猫も杓子もMBA”みたいに、本気でマッチョになる気はないけど、みんなが「マッチョ! マッチョ!!」って言うから、何となく自分もマッチョ的であることを標榜しなきゃマズイのかなぁ……と流されていた層がけっこういた。そういうムードの中で、規制緩和論とかが叫ばれるようになったのだけど、結局、社会はぜんぜん変化しなかった。
クロサカ バブルの残滓としてのマッチョ志向に踊らされ、さらにバブル後、実力主義が声高に叫ばれるようになってマッチョを目指そうとしたけど、なかなかうまくいかない人たちが社会に溢れましたね。
境 そう。バブル後の収縮が加速していくなかで就職できないあぶれ者がたくさん出てきた。この就職氷河期組の若者軍団を第一陣とするなら、第二陣は金融機関の貸しはがしで翻弄された中小企業からリストラされたりしたあぶれ者軍団。さらに、97年ショックで大企業でもリストラが始まり、なんちゃってマッチョ的に振る舞っていた連中からもあぶれ者が出てきたんです。それら3つの軍団が合流して、うまく生き残った大企業の連中や、役人たちに反旗を翻し「ぜんぶブッ潰してやる!」と起こしたのが、小泉改革みたいな“やけっぱちマッチョ”の動きだと僕はとらえている。小泉さんのスローガンの「自民党をぶっ壊す」の「ぶっ壊す」ってところ。要するに「既得権益層を打破して、人材も資産もぜんぶ流動化すればいいじゃないか」と声を上げたわけ。でも、結局は一部の目立つヒーローを生んだだけで、自分たちにはまったくお鉢が回ってこなかった。さらに、役人や既得権益層といった敵は強固でなかなか崩れない。
クロサカ やけっぱちマッチョ、か……「創造と破壊」のうち、破壊しか興味がない人ってことですよね。ところがいくらマッチョになろうとしても、「北斗の拳」みたいな分かりやすいディストピアは、全然実現しなかった。
境 とりわけ官僚機構は強固で、国家公務員、地方公務員の世界はそう簡単には崩れません。それに気づいた連中は、ここで総シャッフル運動をするよりも、もう一度、自分たちの生活を維持するための基本的な議論に立ち返るほうが得なんじゃないか、という方向に動いた。これが、現在のヘタレムーブメントの背景だと考えます。
クロサカ 意識高い系は、そうした社会動向のなかで子どもから大人になった世代なんだと思うんです。たとえば勝間和代さんみたいな、ゼロ年代にもてはやされたビジネス書作家たちは、このあたりの世代をターゲットにして、のしていったんじゃないかと。
境 ワナビーから簡単にカモれる、みたいに考えたビジネス書作家も多いんだろうなぁ(苦笑)。個人的には、いつか役人を辞めたあたりで「出世しないで自由に生きるサラリーマン処世術」みたいな本を書いてみたい。自分の経験を踏まえてね。
クロサカ 出世に重点を置かず、組織のなかで自由に、そこそこ楽しく生き残っていく──みたいなサバイバル術って、いまニーズが高いように感じます。ヘタレとして、非常に前向きというか。
境 いやまあ、組織のなかで自由を求める生き方って、本人的にはなかなかツライこともあるんですけどね。で、自由に活きる、という議論でいうと、僕は「複属性」がひとつのキーワードになるんじゃないかと思っています。
クロサカ 複数の組織に属して働く形ですね。
境 そうです。会社としては、定年まで人材を置いておくのはなかなか厳しいものがある。とはいえ、完全に手放すのは惜しい人材もいたりする。本人的にも、いまの職場ではやりがいや面白さをなかなか見出せないんだけど、組織を離れてしまうと次の働き口を見つけるのは大変だから、そこで我慢してしまうと。そこで、非常勤とか週半分常勤とかの形で所属させ、パートタイムで働いてもらう形がもっと普及すればいいなと思うんです。
クロサカ 確かに、自分の職能と会社の都合って、必ずしも一致しないのが現実ですもんね。マッチョ指向はこのあたりもちょっと誤解しがちなんだけど、自分の能力は高めた方がいいものの、それによって組織の中で活きる機会が得られるのかは、また別の話。
境 要は、能力はあるけど会社に合わなくなった人が、単に放逐されるのではなく、非常勤の関係を保ちながら他のこともするわけです。それによって、会社員としての福利厚生とか、基本的な社会保障の基盤を維持しながら、多少の給与の減額と引き替えに、相当程度の行動の自由と副収入を得られるようになる。会社員の肩書きを持ちながら、大学やNPOで働いたり、研究に参加したりするような人がもっと増えてもいいんじゃないでしょうか。
クロサカ 機密保持とか競業禁止など、乗り越える必要があるハードルはあるけど、前向きに検討する価値のある働き方ですよね。
(構成/漆原直行)
境 真良(さかい・まさよし)
1968年、東京都生まれ。国際大学GLOCOM客員研究員。経済産業省に本籍を置きながら、産官学それぞれでコンテンツ 産業や情報産業、エンターテインメント産業の研究を行う。このほど、『アイドル国富論: 聖子・明菜の時代からAKB・ももクロ時代までを解く』(東洋経 済新報社)を上梓。そのほかの著書に『テレビ進化論』(講談社現代新書)、『Kindleショック』(ソフトバンク新書)など。
クロサカタツヤ(くろさか・たつや)
1975年生まれ。株式会社 企(くわだて)代表取締役。クロサカタツヤ事務所代表。三菱総合研究所にて情報通信事業のコンサルティングや国内外の政策プロジェクトに従事。07年に独 立。「日経コミュニケーション」(日経BP社)、「ダイヤモンド・オンライン」(ダイヤモンド社)などでコラム連載中。