――上京して数十年、すっかり大坂人としての魂から乖離してしまった町田康が、大坂のソウルフードと向き合い、魂の回復を図る!
photo Machida Ko
南へ下る道路には避難民があふれ、僕は10トントラックで大阪へやってきた。というのは友部正人の「大阪へやってきた」という楽曲の歌い始めの文句である。
これに倣って言えば、西へ下る鉄路には避難民があふれ、私は東海道新幹線で大坂へやってきた。ということになる。
そう、私は大坂へやってきた。なんのために。勿論、記憶の中にあるイカ焼の味を確認するためである。そして、それを復元して、場合によってはイカ焼屋を開業するためである。そこに懐郷的な要素は毫もない。ただただ、イカ焼を食す。それ以外の目的はない。なのでイカ焼を食したら直ちに戻る。そのつもりであった。
普通の人間であれば、特に魂などというくだらないものを信奉し、自分のなかにそれを持っている、と信じる人間であれば、折角、大坂に来たのだから、とUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)に行ったり、NGK(なんばグランド花月)に行ったり、DSM(道修町)に行ったりするのかもしれないが、申し訳ない、私はそんなしょうむないお兄さんではないので、ついでに、などという愚劣なことは決してしない。
この際だからはっきり申し上げておくが、ついでに、という思想ほど人間を駄目にするものはない。
そしてそれは汚れきった豚の思想でもある。