サイゾーpremium  > ニュース  > カルチャー  > 【松江哲明】韓国に行く奈良智辯学園高校の修学旅行が伝える日韓の新たな距離
ニュース
【premium限定連載】ドキュメンタリー監督・松江哲明のタブーを越えたドキュメント 第7回

韓国に行く奈良智辯学園高校の修学旅行が伝える日韓の新たな距離 「日本に味方するとプライバシーが暴かれる」苦悩も……

+お気に入りに追加
1409_nnn.jpg
日本テレビ NNNドキュメントHPより。日本テレビ NNNドキュメント『歴史に挑む高校生 日韓 40年目の修学旅行』2014年8月17日(日)深夜24:50~25:20放送

 奈良智辯学園高校の元教諭は「まだ当時は日本に反発がありましたし、非常に冒険だったわけです。危険だったこともあります」と語る。もちろんまだまだ戦時中の記憶が色濃く残る1970年代に、修学旅行先を韓国に選ぶ高校はなかった。

 日本テレビで放送された『NNNドキュメント 歴史に挑む高校生 日韓40年目の修学旅行』は、日韓の生徒たちの交流を描いたドキュメンタリーだ。僕にはわずか30分弱の放送尺の中で多くの問題と希望が見えた。被写体である生徒たちの言葉や表情をまっすぐに捉えた映像と、それを出来るだけ加工せずに伝えようとする制作者の真摯な構成を、その番組から感じたからだ。だが、この映像に心が揺さぶられるのは、残念ながら、日本とと韓国の間にまだまだ課題があることを知っているからでもある。番組中にも、靖国を参拝する安倍晋三首相の映像と、パク・クネ大統領の「加害者と東社の歴史的立場は千年の歴史が流れても変わることはない」という政治レベルの対立を見せるシーンがある。それでも制作者たちは奈良智辯学園高校の生徒たちに寄り添い、極めて身近な視点で国際交流を記録した。

 1974年当時の韓国は軍事政権下にあり、現在よりもずっと閉ざされた国だった。

 それでも同校が修学旅行に行った理由は「とにかく同じ世代の生徒たちがどう考えているのか、直に話し合ってもらったらどうだろうかと」という、人と人とが交流する力を信じているからだろう。以来、奈良智辯学園高校では40年間ずっとこの修学旅行が続けられている。かつて韓国に修学旅行に行った父や母が、その子どもたちを送り出す立場になっていた。卒業生たちは修学旅行後の交流で「(韓国の高校生が)軍服を着た写真を送って来た時にグッと来ましたね。断れないのかな」という当時の実感を語り、元教諭は「同じ年代の子が鉄砲を持って行進するんですよね。ウチの生徒たちはびっくりしたんじゃないですか」と話す。要するに、知識で知ることと、体験は全く違うのだ。その大きさを両親は実感たからこそ、彼らの子どもたちにも教えたいと願っているのではないだろうか。

 それでも今回の修学旅行には問題があった。出発の5日前にセウォル号の沈没事故が起きたのだ。

 学校側は、様々な選択肢を検討したに違いないが、校長はカメラの前で「不安があったのは事実ですが、とにかくいろんな機関を信頼させて頂き、保護者にもご理解頂く」と言い切る。その覚悟の成果は、交流をする日韓の生徒たちの表情に現れていた。例えば韓国の漢陽工業高校では、歓迎する場が設けられ、プレゼントを交換する時も、互いに不自由な日本語と韓国語と英語を一生懸命に話して会話の糸口を探し、写真を撮っている。そんなわずかな時間を過ごしただけで、日本の女生徒は「遠いと思っていたけど近かった」と微笑み、韓国の教員は「涙が出るほど感無量です」と言っていた。

 ここで交流を果たした生徒の中には、修学旅行の後に互いの国を行き来する子もいる。ある韓国の男子生徒は「奈良智辯学園高校の生徒たちと話したら面白かったし、優しかった。それが日本に行きたい理由になりました」と話す。

 しかし、さまざまな問題を抱える両国間の交流に、不安はある。

 それでも奈良智辯学園高校の教員は「もし慰安婦や靖国参拝の話を持ち出す人がいても、黙っていればいい」と提案する。「それ以上の話をすればお互いにケンカになってしまう。将来、韓国を助けてくれる友人を一人減らすことになり、日本人も助けてくれる韓国の友人を一人なくすことになるから」だと。また奈良智辯学園高校出身で、その後ソウルに留学をした生徒も「歴史問題にしても、認識が全然違う」と言う。鍋を食べながら韓国の友人と文化や趣味の話題で盛り上がって、笑い合って、酒をある程度飲んで、初めて、互いの歴史認識や教育の違いを話せるのかもしれない。酒が進んだ頃、韓国の生徒が「少しでも日本に味方するとネット上でプライバシーが暴露されたり、魔女狩りをされることがある」と言い出した。特に「独島(竹島)問題は本当に危ない」と。「どちらか」に加担すると攻撃されるのは日本も韓国も同じだ。しかし最も怖いのは、モノが言い難いという雰囲気の方かもしれない。若い生徒たちはそれを身近に感じているからこそ、信頼する仲間の前では遠慮なく語り合っている。僕にはそう見えた。

 日本にホームステイに来た漢陽工業高校の生徒たちは、高校野球の応援に来ていた。奈良智辯学園高校が甲子園の出場を賭けた決勝戦だ。理事長は「海外の生徒が日本へ来て感動するってなかなかないので」と勝利を期待していた。試合は1対1の延長戦となる。ドキュメンタリーの展開としてはぜひとも勝って欲しいところだが、現実は残酷だ。奈良智辯学園高校の逆転サヨナラで敗退。しかし試合後のインタビューで、韓国の生徒は「私よりも奈良智辯学園高校の友人たちは悲しいと思うので慰めてあげたい」と話し、また別の生徒はたどたどしい日本語で「野球は負けるけど心は勝ちです」と言っていた。

 別れの日、涙を流す生徒、笑う生徒、様々な表情がカメラの前に映されていた。国を超えての交流で生まれた感情は、きっと将来の種となるに違いない。番組はナレーションで「これからも海を渡り歴史を超えていきます。自分なりのやり方で」と締められる。僕はこの作品自体が「自分なり」の視点で描かれていたことが素晴らしいと思う。

 自分なりのやり方で十分なのだ。

(文=松江哲明)

まつえ・てつあき
1977年、東京生まれのドキュメンタリー監督。99年に在日コリアンである自身の家族を撮った『あんにょんキムチ』でデビュー。作品に『童貞。をプロデュース』(07年)、『あんにょん由美香』(09年)、『フラッシュバックメモリーズ3D』(13年)など。『ライブテープ』は東京国際映画祭「日本映画・ある視点」部門作品賞を受賞。


Recommended by logly
サイゾープレミアム

2024年11月号

サヨクおじさんが物申す 腐敗大国ニッポンの最新論点

NEWS SOURCE

サイゾーパブリシティ