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佐々木俊尚の「ITインサイド・レポート」 第75回

すっぱ抜かれたニューヨークタイムズ内部文書ににじむ新聞とウェブメディアの彼我

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進化の歩みを止めないIT業界。日々新しい情報が世間を賑わしてはいても、そのニュースの裏にある真の状況まで見通すのは、なかなか難しいものである――。業界を知り尽くしたジャーナリストの目から、最先端IT事情を深読み・裏読み!

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NYTの内部文書を暴露した「バズフィード」。06年のローンチで、バイラルメディアとしては古参。

 日本の新聞業界では、2011年頃からウェブ記事の有料化や、記者個人のツイッターアカウント開設など、ネットとの融合をはかる手が講じられてきた。同様の悩みはアメリカの大手新聞社も抱えている。新聞社に足りないものとは、結局のところなんであるのか──?

 米ニューヨークタイムズ(以下、NYT)紙が今年3月末に作成した96ページの内部文書を、バイラルメディアの「バズフィード」がすっぱ抜いて話題になった。この報告書では、デジタル化していくメディアの未来に向けて報道機関は適応していかなければならないのにもかかわらず、これまでの既存の文化に邪魔されうまくいかないであろうという暗い未来図が描かれている。

 興味深いのは、従来のライバル紙との競争の話は完全に無視して、主にデジタルの新興メディアである「ファーストルックメディア」や「ヴォックス」、「ハフィントンポスト」、「ビジネスインサイダー」、「バズフィード」との競争に的を絞っていることだ。報告書には、こう書いてある。「そうしたメディアは、デジタル時代のジャーナリストをきちんとサポートするシステムで、我々の先を進んでいる。我々が急いで潜在能力を高めていかない限り、この彼我のギャップは広がるばかりだろう」「その間にも我々のジャーナリズムの持っているアドバンテージは縮小し、そうした新興メディアは彼らの報道機関を成長させていくことになる」「我々が十分な切迫感を持って動いているとはいえない」

 最新のニュースを読者に届けるため、新聞は配送システムを過去1世紀以上にわたって作り上げてきた。高速の輪転機で印刷し、トラックで輸送して販売店へと運び、それを新聞配達人が家の玄関まで配る。しかしそうしたシステムが完成された21世紀になって、突如としてニュースは宅配システムではなく、インターネット上でのデジタル情報として流通する方式に大転換してしまった。そして新聞社の多くは、このパラダイムシフトに追いつけていない。

 読者のもとに記事コンテンツを到達させ、より多くの読者を獲得していく技術を、報告書ではオーディエンス・デベロップメント(Audience Develop ment)と呼んでいる。このADの技術において、新聞社は新興ネットメディア陣に大きく遅れをとっているというのが報告書の眼目だ。実際、新聞記者は「この記事がどうすれば読者に読まれるか」なんてことは、今までまったく気にしていなかったのは事実で、私の新聞記者時代の経験からもうなずける。

 新聞記者にとって、自分の原稿の最大のハードルは、上司であるデスクを通過してくれるかどうかである。デスクが「面白い」と言ってくれて、紙面での扱いが大きくなれば、それでオッケー。あとは原稿に直しが入ったり、取材不足のところを補足するよう求められたりはするものの、最終的にデスクの修正が入った原稿が記事として紙面化された時点で、新聞記者の仕事は完了となる。紙面に載れば、それは読者に読まれることと完全なイコールであって、「紙面に載った記事を、読者にどう届けるか」なんてことは一切考えていなかった。

 しかしネット時代には当たり前のことだが、メディアに自分の記事が掲載されたからといって、それは読者に読まれることとイコールにはならない。記事を書いて終わりではなく、記事を書いた後の拡散というお仕事が重要になってくるわけだ。それがすなわちADということになる。

 こういう発想はどこの国の新聞記者にも乏しいようで、報告書の中でも英ガーディアン紙のウェブ版編集長が「記事を書けば自動的に読者に届くわけではないのだ、ということを認識するのが私にとっては一番ハードルが高かった。掲載されたら終わりではなく、自分で読者を見つけなければならないというのはたいへんな変化だ」とコメントしている。

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