進化の歩みを止めないIT業界。日々新しい情報が世間を賑わしてはいても、そのニュースの裏にある真の状況まで見通すのは、なかなか難しいものである――。業界を知り尽くしたジャーナリストの目から、最先端IT事情を深読み・裏読み!
『神山プロジェクト 未来の働き方を実験する』(日経BP社)
ここ数年、IT系のエンジニアや起業家たちが地方やアジア圏などに居を移すケースが出てきている。一方で日本国内でも、「ITをつかって街おこしを」と、ベンチャー企業を誘致する地方都市も増えた。今回の本連載では、さらにその一歩先、田舎に住んで新しいカルチャーをつくろうとする人たちを紹介したい。
鹿児島の限界集落に、「テンダー」という名前のヒッピーが住んでいる。
彼はもともとは横浜出身で、技術者の家庭に育った。バーテンダーの仕事に就いていたことがあるので、「テンダー」と呼ばれるようになった。その名前の通り、とても優しい性格の31歳の青年である。
20代の頃は、核燃料サイクル施設を抱える青森の六ヶ所村などで左翼活動に精を出していたこともあったようだが、今はそうした運動からは少し距離を置いている。パソコンや家電、携帯電話の修理などで生計を立てながら、妻と子どもの3人で山奥に暮らしている。
鹿児島県は人口流出が日本でもっとも多い都道府県で、限界集落はくしの歯が抜けるように徐々に消滅していっている。テンダーの住むエリアでも同じようなもので、そういう状況を目にして彼の頭に浮かんだのはこういうことだった。
「自分が限界集落に移住してきたことで、この集落は消滅を免れて維持されている」
だとすれば、こういう流れがこれから進んでいけば、都会から人々が限界集落に移住することで、限界集落の性格が変わっていくかもしれない。ひょっとしたら、そういう移住者が、住民の少なくなった町村の議会に議員も輩出するようになり、気がつけば地方自治を移住者に任されるような日もやってくるかもしれない。
「これは、合法的な自治区の可能性があるってことでは」(テンダー)
これは1970年代頃にはやったヒッピーコミューンとは、まったく異なる発想だ。かつてのヒッピーコミューンは、カリスマ的な指導者に率いられた閉鎖的な共同体で、もともとの伝統的な町や村とはあまり熱心に交流しなかった。どちらかといえば孤立し、コミューンの中の人々だけで自給自足することを追い求めていたといっていいだろう。しかしだからこそ、そういうコミューンは内部での同調圧力が強くなってしまう。このため人間関係が煮詰まってしまって、最終的に崩壊してしまうケースは少なくなかったと言われている。
それに比べれば、テンダーのような新しいタイプのヒッピーは、完全な自給自足や独立性を求めていない。フェイスブックやツイッター、ブログなどを駆使して、常に東京や福岡などの都市とつながっている。