『ササッとわかるジェネリック医薬品』(講談社)
最近、処方箋を持って病院に行くと、「ジェネリック医薬品」を勧められることが多くなった。ジェネリック医薬品は、後発医薬品の別名で、既存の先発医薬品の特許が切れた後に、成分や規格などが同一であるとして承認された薬のこと。『厚労省を巻き込み営利に走る製薬会社』の記事においては、厚生労働省と製薬会社のただならぬ関係についてリポートしたが、医療費を削減したい思惑から、厚労省はジェネリックへの転換を促そうとしている。だが、いまいち移行が進まない背景には、医師と製薬業界が持つジェネリックへの抵抗感もあるようで……。医療雑誌『クリニックばんぶう』(日本医療企画)の清水大輔編集長に、ジェネリック医薬品のカラクリと、その背後にある日本の医療行政の病根を聞いた。
――厚生労働省がジェネリック医薬品の普及を進めようとしている背景には、どのような思惑があるのでしょうか?
医療費の抑制です。日本の財政にとって医療費の増大は深刻な問題で、2011年度は実に38兆5850億円もの医療費が使われています。さらに厚生労働省の場合、医療費のほかにも年金も介護もあり、実に国の予算の半分は厚労省が使っているんですよ。割安なジェネリック医薬品を奨励する背景には、それら社会保障費の増大に歯止めをかけ、医療費を適正化するための取り組みの1つと言えます。実際、最も財界よりの新聞である日本経済新聞などは、ジェネリックの必要性を執拗に訴えていました。企業が負担する税金や健康保険組合の負担金、社会保障費をもっと安くしろというのが日経のスタンスですからね。団塊世代が75歳以上となる2025年に向けて医療費はさらに増えていきますし、削減できるところは少しでも削減する。それがジェネリックの推進の背景ですね。
――それでは、その思惑通り、ジェネリックは普及していっているのでしょうか?
ジェネリックに関しては、医師や薬剤師の多くは根拠もなしに何となく“安かろう悪かろう”というイメージを持っていました。また医師の立場に立つと、MRによる情報提供もないし、ジェネリックは新しい薬ではないので論文を書くのも難しい。医師としては面白みがないんですね。基本的にジェネリックは先発品で効果は実証されたものですので、それほど情報提供が必要とは思いませんが。
経営的な面で言うと、薬の原価と正規の値段の差益です。本当はないことになっているんですが……。実際には安いジェネリック品よりも、従来の先発医薬品の方が原価と正価の差が大きく、病院にとっても利益が上がる場合があるんです。ただ、これは従来の出来高払という診療報酬の支払形式の場合にあてはまることであって、簡単に言うと、施した医療行為ごとに点数が生じる出来高払に対して、診療行為全体に対する診療報酬があらかじめ決まっている包括払い、あるいはDPCと言われる支払い方式の場合は、治療の原価を落としたほうが儲かるわけですから、ジェネリックのほうが病院の経営面でもプラスになることになりますね。そうしたことから最近は採用するケースが増え、10年前と比べると大分進んできました。
――製薬会社にとってはどうなのでしょうか?
先発品のメーカーからすると、後発品というのはいい市場ではない。できる限り自分たちが最初に取得した商品の特許で稼いでいきたいというのは当然でしょう。特にDPCが始まった2003年ころには、これら先発品の製薬メーカーのなかには「ジェネリックは安かろう悪かろう」「経営的な対策」ということをイメージさせるようなネガティブキャンペーンを、広告を出稿している医療系雑誌などを通じて打つところもありました。医療現場でジェネリックの処方が進まなかった要因として、医師とMR(製薬会社の医療情報担当者)との関係がありますね。医師とMRの関係というのは、一般に思われているよりも強く、例えば講演会をするといったら、そのパワーポイントを実はMRが作っていたり、論文を書くと言ったら、「じゃあ先生データ集めてきます」とか言って、MRが資料を揃えてきたりするんですよ。当然医師としては、そういうMRが担当している薬を買いましょうという話になる。そして、MRの質は先発品メーカーの方が格段に高い。言ってみればジェネリックはいままで使っていた薬のコピー品ですから、MRはいらないですからね。そういう医者とMRの癒着ということのほうが、ジェネリックの普及が進んでいない要因としては大きいのかもしれません。一方、薬局としては、後発医薬品調剤体制加算という制度が厚労省の指示のもと2012年に始まりました。これにより、調剤薬局はジェネリックを置かないといけない、一定以上処方しないといけないという仕組みになったので、調剤薬局ではジェネリックを勧めてくるけれども、肝心の医師としてはあまり気が進まない、というところですかね。
――そもそも先発医薬品とジェネリックでは効能に差はないと言われていますが、本当なのでしょうか?
成分も作り方も先発品と一緒で、違う会社が作っているだけですからね。効能も変わらないと言われていますが、工場の機械などによって微妙に変わってくる、効能が違う、と言っている医者もいます。最近は大手の製薬会社が後発医薬品の製薬会社を買収する例もできて、状況は変わっていますが、やはり先発品のメーカーとしては、自分たちが10年以上もの期間と莫大な研究費をかけて開発した薬を、いずれ他の会社に作られてしまうのではたまらないですよね。だから製薬会社にすると、ジェネリックを奨励されると、新薬を開発しにくくなるという意見もあるんです。だから最近の製薬会社の経営の流れとして、価格競争に巻き込まれてしまう一般的な病気の薬よりも、使う人が限られていて、難病指定されると税金が患者の医療費を負担してくれる難病の薬の開発に力を入れている傾向もありますよ。
――ジェネリックをめぐる問題の背後には、それだけ逼迫した医療費の問題があるということですが、もはや日本の国民皆保険制度は破綻しかけているということなのでしょうか?
よく言われるのが、医療におけるアクセスとクオリティとコスト、この3つをすべて満たすのは不可能だということで、これはいまや世界の共通見解になっているんですね。アクセス(利便性)、クオリティ(質)、コスト(値段)のうち2つしか選べないというのが定説なのです。それではこのうちどれを諦めるかいうと、医療の質は落とせないし、これ以上コストを上げるのも難しい。病院での自己負担を3割負担から5割に上げたら、もはやそれって国民健康保険って言えるの、って話になってしまいますし、これ以上企業で作る健保組合の負担を増やしたり、税金を投入するのも難しい。それで最期に残るのがアクセスです。要は保険証を一枚持っていればどこの病院でも好きな医療を受けられる、といういまの仕組みを変えて、行ける病院に制限をかけたほうがいいのではないか、という検討が始まっているんですね。先般、厚労省が大病院で初診を受ける場合、紹介状がないと自己負担を高くするという制度改革を行う検討に入ったことが報じられましたが、これを皮切りに、日本の医療も次第に様変わりしていくのかもしれませんね。
(構成/里中高志)