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【法社会学者・河合幹雄】スペシャルインタビュー

メディアやドラマで描かれる殺人事件に潜む"ウソっぽさ"の理由

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――メディアに登場する派手な殺人事件、そしてそうした事件を題材にテレビドラマなどで安易に描かれる派手な事件には、ある“ウソ”が混じっているという。それは、「時間」だ──。本誌でもおなじみの法社会学者が語る、殺人事件のリアリティとは?

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『キリング/26日間』©2014 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

 戦後最少の1030件、ピーク時(1955年)の約3分の1――。2012年に日本で発生した殺人の認知件数だ。もちろんそれ自体は決して少ない数ではない。しかし、確率からすれば、ひとりの日本人が一生のうちに当事者あるいはその家族として殺人事件に関わる可能性は、ほぼゼロに等しいといっていい。とすると、人々の脳裏にある殺人事件のイメージは、ほとんどの場合、直接的な経験によってではなく、日々報じられるニュースや、殺人を題材とするフィクション作品などといった間接情報によって形作られていることになる。

 ところが、そうしたメディアを介して一般に伝わる殺人事件についての情報と、殺人事件の現実の姿との間には、実際には大きな隔たりがある。そう指摘するのは、本誌連載『法痴国家ニッポン』で読者にはおなじみ、法社会学が専門で殺人事件の実情にも精通する、桐蔭横浜大学教授の河合幹雄氏だ。専門家の鑑賞に堪える殺人をテーマとするフィクションは決して多くない、と語る河合氏の目に、2011年にアメリカでエミー賞主要6部門にノミネートされたサスペンスドラマ『キリング/26日間』(以下、『キリング』)はどう映ったのだろうか?

「観始めて真っ先に興味を惹かれたのは、作中の時間経過についてです。当たり前ですがドラマや映画は、ストーリー上必要なシーンや制作者の描きたいシーンに的を絞って作られるので、作中の時間はポンポン飛ぶのが普通です。それに対してこの作品では、作中の1日を1話として、ひとつの殺人事件が解決するまでの26日間を26話構成で描いている。実は、殺人事件をリアルに描く上で、その点が非常に重要な意味を持つのです」

 例えば、被害者の遺族の心理を描くとき。心理学の世界ではよく知られた話だが、人は家族を殺されるなどの衝撃的な体験をしたとき、その事実をすぐに受け止めることはできず、自分の中で消化して心に収めるまでに1カ月以上かかるとされる。統計的にも、事件から40数日経過したあたりで亡くなった人の夢を見たりするケースが多く、その頃になってようやく本当に亡くなったのだと実感できるものらしい。仏教において、死者の魂が生と死の間をさまよう期間である中陰が49日とされているのは、そういったことが経験則として知られていたからかもしれない、と河合氏は推測する。

「ですから、1本の映画やドラマの中で殺人事件の被害者遺族の心理を描き切ろうとすると、必然的に相当な無理をすることになるわけです。その点この作品は、日を追うごとに少しずつ変化していく被害者遺族の心理状態を、とてもリアルに描けている。過去にあまり見られなかった面白い試みですね。予告編だけを観ると、いかにもよくあるアメリカの犯罪モノという印象なのですが(笑)」

殺人事件とは本来、最後の最後の“大爆発”

 それに関連してもうひとつ、実は被害者遺族の実像ほど、一般の人々の抱くイメージとかけ離れているものはない、と河合氏は語る。メディアは、事件に対する怒りや悲しみ、不満を切々と訴える人たちにばかりカメラを向ける傾向がある。そのため一般の人々は、被害者遺族というのはすべてそうなのだと錯覚してしまうのだ。

「ところが実際には、ひとくちに被害者遺族といっても、個人の性格や被害者との関係、心理状態などの面において、さまざまな人が混在しているわけです。むしろ、メディアに出たり目撃情報を得るためのビラを配ったりする人は少数派で、そんなことはやめて、とにかくそっとしておいてほしいという人のほうが圧倒的に多い。そういう意見の不一致によって遺族内で揉めごとが起きることもよくあるのです。

 もちろん、ニュースという限られた時間の枠内で被害者遺族の実像をすべて伝えることが難しいのはわかります。それはフィクションにおいても同じで、被害者遺族というのは描くのが一番難しい要素です。ですがこの『キリング』は、連続する26日間をフルに使って、被害者の父親、母親、叔母、2人の弟ごとに意識的に描き分けようとしている。制作者は、一般に知られていない被害者遺族という存在の複雑性をよく理解しているし、そういうリアリティを非常に大切にしていると感じます」

 河合氏が注目したポイントはほかにもある。犯罪そのものが本来的に持つ多面性についてだ。

「犯罪、特に殺人事件というのは多くの場合、誰かが誰かに強い恨みを抱いて──といった単純なストーリーで起こるものではない。さまざまな人間の背景にあるそれぞれの物語が複雑に絡み合い、行き詰まって最後の最後に起こる大爆発──。犯罪とは本来そういうものなのです。にもかかわらず犯罪をテーマとするフィクションは、紙幅や尺などの都合もあって、どうしても背景の部分をはしょって最後の爆発とその周辺部だけにフォーカスせざるを得ない。すると、我々専門家にとっては、ストーリー的にリアルで面白いものにはなりにくいのです」

 一方、『キリング』は時間経過に重点を置いているため、遺体発見までに要する時間や、事実を遺族に伝えたり公表したりするタイミング、記者や政治家との駆け引きの進展、捜査に当たる刑事の焦りが募っていく様子などを丁寧に描くことに成功している。

「遺族の1日を描写するにしても、実際には事件のことを考えたり遺族内で話したりする時間より、食事や入浴をしている時間のほうがずっと長いはずですし、どれだけ憔悴していようが、親は食事を作ったり子どものひっくり返してしまったコップを片づけたりしなければならない(笑)。そういう従来の犯罪モノでは描かれなかった要素を詰め込むことによって『キリング』は、我々から見ても非常にリアルな作品に仕上がっていると思いますね」

(構成/松島 拡)

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河合幹雄(かわい・みきお)
1960年生まれ。桐蔭横浜大学法学部教授(法社会学)。京都大学大学院法学研究科博士課程修了。社会学の理論を柱に、比較法学的な実証研究、理論的考察を行う。著書『安全神話崩壊のパラドックス』(岩波書店、04年)では、「治安悪化」が誤りであることを指摘して話題となった。その他、『終身刑の死角』(洋泉社新書y、09年)など、多数の著書がある。


1話=1日という斬新な手法により、ある殺人事件の“その後”のドラマを丁寧に描く!
『キリング/26日間』

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 米シアトル郊外に家族と暮らす17歳の女子高生・ロージーが突如失踪、湖底に沈んだ選挙カーのトランクから遺体で発見される。退職直前の殺人課刑事・リンデンと相棒の元麻薬捜査官・ホールダーによる捜査の進展とともに、被害者の家族や元カレ、担任教師、市長候補といった登場人物たちの織りなす複雑な人間模様が白日のもとにさらされ、それが新たな悲劇を引き起こしていく。先の読めない展開と深い人間ドラマが見どころだ。

 本作は、デンマークで史上最高視聴率を記録した『THE KILLING/ザ・キリング』のハリウッドリメイク版。作中の1日を1話とし、26日間におよぶ事件の顛末を全26話で描く斬新な手法により、2011年のエミー賞主要6部門にノミネートされるなど全米で大きな反響を呼んだ。物語前半を収めた『DVDコレクターズBOX1』は発売中、後半を収録した『DVDコレクターズBOX2』も6月4日発売予定。

『キリング/26日間』は好評レンタル中。また、『DVDコレクターズBOX1』は8000円(税別)にて、Vol.1のみは1419円(税別)にて好評発売中。発売元:20世紀フォックス ホーム エンターテイメント
公式HP‹http://video.foxjapan.com/tv/killing/

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