中嶋忠三郎『西武王国―その炎と影』(サンデー社)
昨年のサーベラスによるTOB騒動以来、メディアを賑わせることがなかった西武ホールディングス(西武HD)だが、年明けから西武を巡る不可解な報道が相次いでいる。
1月12日、朝日新聞が朝刊1面で「西武、再上場へ サーベラスと合意」と報じた。
複数関係筋によると、実はこの時点では、両者はなんらの合意もできておらず、西武側は当該記事に困惑し、逆にサーベラス側は、西武側が既成事実を作るためにリークしたのでは? と激怒したという。
だが、この朝日新聞のスクープに対して、銀行界では別の見方が強まっていた。それが朝日とみずほの情報取り引きである。
というのは、朝日新聞の記事は、2名の記者の署名入りであり、うち1名は日銀記者クラブ所属のみずほ銀行担当記者だったから。この記者は、みずほ銀行のオリエントコーポレーション向け融資を通じた暴力団融資を徹底的に追及し、紙面でも連日厳しい論調を展開していた人物。ただし、暴力団向け融資問題では、報道をリードしていたのは常に日本経済新聞であり、朝日新聞は、日経新聞だけが情報を入手して報道をリードしていることに不快感を持ち、みずほ銀を徹底的に追及していたのだ。
だが、みずほ銀と朝日新聞の関係には徐々に変化が見られるようになった。朝日新聞は2013年12月26日夕刊で、みずほフィナンシャルグループの塚本会長の辞任をスクープした。その後、朝日新聞のみずほ銀攻撃は明らかに軟化していったのだ。
こうしたことから銀行界では、「みずほ銀が朝日新聞の追及を静めるために、不正確な情報も含め、朝日新聞に西武の上場について情報提供を行っていたのではないか?」(某メガバンク幹部)とのうわさが広がった。
一方、西武ホールディングスの後藤社長とサーベラスのトップであるファインバーグ氏は、昨年末あたりから電話協議を重ね、双方合意の上、今年1月15日の上場申請に至る。結果的に、1月12日に朝日新聞の記事が掲載された時には合意に至っていなかったのだ(つまり誤報だった)。西武とサーベラスの合意ができて、初めて朝日新聞の記事はスクープとなるはずだったのだ。
とは言え、西武HDは、再上場までハードルが消えたわけではない。13年は、上場時の想定価格を巡って対立が深まり、サーベラスが敵対的TOB(株主公開買付け)をかけるまで泥沼化した。結果的にTOBは失敗に終わり、株主総会でもサーベラスの役員推薦提案は否決された。
現在、「サーベラスは、回復している株式市況と堅調な西武HDの業績から、株価が希望価格に達するとみている」(外資系証券会社アナリスト)こともあり、上場申請に協力したものの、保有株のうち、どの程度を市場に放出する考えなのか依然として不透明だ。その株数によっては、東京証券取引所の上場審査にも影響し、上場時期がずれ込む可能性がある。
こうした背景をふまえて、銀行界では、西武の上場は、みずほ銀によって自らが朝日新聞との和解するための取引材料として利用されたのではないか? という見方が強い。
飛び交う西武に関する怪情報
さてここで、西武HDに関する、別の記事を注目したい。オリンパスの粉飾決算事件のスクープで一躍有名となった月刊情報誌「ファクタ」が、3月号で西武グループの創業者、堤康次郎氏の鎌倉霊園の墓地の話を取り上げている。その内容は、あたかも西武HDの後藤社長が、堤康次郎氏を象徴として堤家に対して西武グループの社員が忠誠を誓うことを嫌い、康次郎氏の鎌倉霊園にある墓を取り上げたかのような内容になっている。
確かに、康次郎氏の鎌倉霊園に分骨されていた遺骨は、現在は滋賀県の生家の近くの田んぼの真ん中にある墓地で安らかに眠っている。
しかし、鎌倉霊園から遺骨が滋賀県に移されたのには明確な理由がある。筆者が登記を調べたところ、鎌倉霊園の康次郎氏の墓地は西武鉄道が所有している。墓埋法等に照らしても、一私企業が創業者とはいえ、個人の墓地を所有し、管理するのは現実的ではない。東証への上場を控えている西武としては、不適正な便宜供与と見られかねないし、コンプライアンス上の問題となる可能性もある。
こうした背景から、実は昨年、息子の堤義明氏が遺骨を滋賀県の墓地に戻したというのが事実のようだ。一方で、西武では鎌倉霊園の康次郎氏の墓地の跡地について、西武鉄道が一般人も入れる公園に変え、康次郎氏の銅像を設置するなど、開かれた創業者ゆかりの地とする計画が検討されている。
「ファクタ」の記事には、康次郎氏の墓地が西武鉄道の所有地であることは触れられていない。しかし、この問題をきちんと取材すれば、その程度のことは判明するはず。意図的にその事実に触れず、あたかも西武HDの後藤社長が墓を取り上げたかのような記事は、何らかの意図により、事実を曲解させているとしか思えない。
(文=鷲尾香一/ジャーナリスト)