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メディア・アーティスト、産業技総合術研究所に所属する研究者、そして日本で初めてインタラクティブなウェブページを作った「インターネットの偉い人」――さまざまな顔を持つ江渡浩一郎氏が今なぜ「ニコニコ学会β」を立ち上げたのか。その背景には、既存の社会の枠組みがもたらす閉塞感と、その中で揺れる自らのアイデンティティの問題があった。
ニコニコ学会βでは、定期的にシンポジウムなども行っている。
クロサカ 江渡さんは、日本科学未来館に常設展示されている『インターネット物理モデル』でも知られる、日本を代表するメディア・アーティストのおひとりですが、最近ではニコニコ動画を使った新しい研究発表の場である『ニコニコ学会β』【1】を立ち上げ、その中心としても活動されています。そもそも、ニコニコ学会βってどんなものなのでしょうか?
江渡 ひとことで説明すると、ニコニコ動画を活用した学会ですね。ニコニコ生放送でライブ中継している学会や、動画をアップしている研究者はほかにもたくさんいますが、ニコニコ動画を中心に展開していることをアイデンティティにした学会はありません。そして発表内容については「なんでもあり」です。ロボット、人工知能、3Dグラフィックス、生物学、気象学など研究対象は問いません。
クロサカ 「○○学会」というと、普通は「情報処理学会」のように○○の部分を研究対象にします。でもニコニコ学会βは「ニコニコ動画」を研究対象にしているわけじゃない。学会について既成概念を持つ人は、その時点で拒否反応を示しかねない。それはあえて狙ってやっているんですか?
江渡 もともと、ニコニコ学会βのきっかけは、僕自身の悩みです。僕は研究者として研究所にいますが、もともとアーティストなんですね。だから研究者とは何かがよくわからなくて。ほかにも「論文とは、査読とは、学会とは」ということについて悩みました。なので、ニコニコ学会βは、僕が考える理想の学会を形にしてみたものといえます。
クロサカ そもそも学会が社会で担っている役割って、どんなものでしょうか? 正直、『象牙の塔』【2】と言われてしまうように、社会の動きと噛み合っていない気がします。
江渡 学会の役割のひとつに、論文の承認があります。学会における論文とは、先行事例を参照して、自分の研究の新規性や有用性を示すものです。そうやって新しい知見を一定の型にはめることで再利用可能にするんです。それ自体は悪いことではなく、それによって学問が発展し、新しい産業を生み出してきました。しかし、それは特別な訓練をしないと身につかないことなんですね。
でも、普通の人が新しい物を作ろうとする時は違います。人は、人生でいろんなものから影響を受けて、それが自分の中にゴチャッと溜まっています。その蓄積の中から「これが作りたい!」という要求が出てくるものです。そして、何に対するどんな違いかわからないけど「なんだか新しい気がするもの」を生み出します。
僕はそういうものにも、実は学会的な新規性があると思うんです。そうやって、既存の学会ではないところで活動している研究者みたいな人たちを、ニコニコ学会βでは「野生の研究者」と呼んでいます。両者には、それぞれ良い面があるはずです。だから野生の研究者が後先を考えずに作ってしまったものの良さを、後から既存の研究と結びつける「インターフェイス役」を別の人が代わりにやってもいいんじゃないか。つまりニコニコ学会βはそのようなインターフェイスとして考えたものです。
実際に既存の学会からも注目していただいていて、情報処理学会の全国大会でニコニコ学会βについてのセッションを設けていただいたり、日本菌類学会に所属する研究者がニコニコ学会βで発表していただいたりしています。
クロサカ 既存の学会は、良くも悪くも社会システムに組み込まれています。それには意義もあるけれど、大きくて有名な学会になればなるほど、学会の中だけで評価されることや、学会が今のまま続くことが目的になりがちです。なんだかマスプロダクトやマスメディアにも似た苦悩みたいなものを感じます。ニコニコ学会βは、そんな昨今の学会に対する、一種のアンチテーゼなんですか?
江渡 アンチテーゼとはちょっと違いますね。むしろ既存の学会との役割分担だと思っています。そこがある意味「β」がついている理由です。
もともと、ドワンゴさんと一緒に、研究と産業の新しい連携のあり方を探ろうと考えるプロジェクトがあり、その名前として「ニコニコ学会」が浮かんだんです。ところが、ほかの研究者から「これは学会を目指しているわけではない」という反対意見が多くて、一度は「ニコニコ動画研究会」と仮に名づけられました。
でも「ニコニコ学会」という名前はいい名前だと支持する人もたくさんいたんですね。いろいろ議論したときに八谷和彦【4】さんから「(仮)とか(β版)とかつければ良いんじゃない?」と提案がありました。最終的に「ニコニコ学会β」という案を出したところ、学会案に反対していた人にも同意してもらえました。