『デジタル社会のプライバシー―共通番号制・ライフログ・電子マネー』(航思社)
このところ、事業者による消費者のプライバシー情報をめぐる騒動が立て続けに起きている。記憶に新しいところでは、今年7月に起きたJR東日本による交通系ICカード「Suica」利用履歴の“販売事件”であろう。氏名などの情報は取り除いていたとはいえ、特定の「誰か」が「いつ」「どこからどこまで」移動したのかがわかるデータを、利用者には一切の告知もなく日立製作所へ販売していたことが明らかになり、JR東日本に対して大きな批判が巻き起こったのだ。
このようなトラブルはさまざまな局面で起きているが、その背景として、実はこの種のプライバシー問題に関する明確な法律が存在しないという事情がある。それゆえ、総務省と経済産業省(以下、経産省)との間に、まさに官僚的な、利権をめぐるバトルが勃発しているのだ。
先手を打ったのは総務省。ある法律関係者は次のように語る。
「事業者によるプライバシーにかかわる問題は、本来ならば消費者庁が扱うのが筋。しかし、2009年に発足したばかりの消費者庁は多くの省庁からの出向者の寄せ集めで人手も足りず、電子データのプライバシー問題などという“新しい”分野にまではとても手が回らない。総務省はそこに食い込んで、『プライバシーコミッショナー』という新しい制度を作ろうとしているんです」
プライバシーコミッショナーとは、欧州各国で広く普及しつつある制度で、プライバシーに関する国民からの苦情や意見を受け付け、他の政府機関とは独立して動く組織を設けるというもの。地域、世代などによって個々に異なるプライバシー感覚に対して柔軟に対応するために生み出され、プライバシーに関しては国際標準的な制度になりつつある。
プライバシー利権
事業者が収集した国民の個人情報の扱いに対してどう規制を加えるかという問題に関し、官公庁の間で発生する「縄張り」のこと。プライバシーに絡む分野は今後の市場規模の拡大が見込まれ、総務省も経済産業省も喉から手が出るほど欲しがっている。
総務省では「パーソナルデータの利用・流通に関する研究会」を設置し、法曹界や事業者、消費者などによる議論を取りまとめ、13年6月に報告書を公表。この報告書の中で「プライバシー・コミッショナー制度について、政府全体として速やかに検討を進めていくことが必要」と明確に主張しているのだ。
「この研究会で座長を務めた堀部政男氏は、日本の情報法の第一人者で、個人情報保護法の成立にも大きな影響を与えた人物。今年78歳を迎え、すでに大学教授など公的な職は退いていますが、総務省を中心に情報法分野で依然として大きな影響力を持っています。その堀部氏に『プライバシーコミッショナー制度が必要』とはっきり言わせたのは、総務省側の『プライバシーは自分たちの縄張り』だという強い意思表明と見ていいでしょう」(同)