――アートといえば、もとをたどれば宗教画と共に発展してきた歴史がある。そして、そんな宗教関連芸術の中で、今、新たな美術現象が起きているという。カルト宗教の聖地と化したラテン・アメリカに広がる、“カルト宗教アート”の可能性とは一体──?
ベーシックなサンタ・ムエルテ像。(写真は以下すべて、加藤薫教授の著書『骸骨の聖母サンタ・ムエルテ』(新評論)より)
細木数子や江原啓之のブレイクによって、日本でもやたらと多用されるようになったスピリチュアルという言葉。スピリチュアル・フードにスピリチュアル・スポットなど、至るところでその響きを耳にする。そしてアートにもまた、スピリチュアル・アートと呼ばれるジャンルが存在するのだ。
そもそも、スピリチュアル・アートの定義とはなんなのか。
「60~70年代に精神世界という言葉がアメリカで流行するとともに広がったアートで、新興宗教や土着信仰などを含めた、広義の宗教関連美術を指すものと位置づけられます。伝統的な宗教画などに比べると、歴史は浅く、型にはまらない自由を有する点に特徴があり、より俗的な願望が投影されたものであると言えるでしょう。19~20世紀の美術品を民俗学的な観点から見直してみると、我々が現在、スピリチュアル・アートと呼んでいるものの原型が各地で見つかります。特にラテン・アメリカでは、その原型をあちこちで見ることができるのです」
そう話すのは、中南米・カリブ圏・米国ラティーノ美術研究者の神奈川大学・加藤薫教授だ。加藤教授によれば、ラテン・アメリカはマヤ、アステカ、インカといった独自の文化圏を持ち、その先住民思想の中に後から宗教思想が持ち込まれたため、キリスト教においても、独自の解釈が広まりやすかったのだという。
例えば、農業の守護聖人サン・イシドロ。キリスト教の図像において牛や馬と一緒の農夫姿で表される彼は、ラテン・アメリカに行くとなぜか、黒のタキシードに蝶ネクタイ、あるいは土着先住民の民族衣装を着た人物として図像化されている。同じく、キリスト教の美術や文学において弓で射られた姿で描かれる聖人セバスチャンも、ラテン・アメリカでは女性化・骸骨化され聖母と崇められている。こうした、宗教美術の伝統を意に介さない型破りな表現が、ラテン・アメリカには点在しているのだ。それは同時に、"新興宗教"の誕生を意味するという。
「キリスト教のような伝統宗教において、神の救済や慈悲の心を組織に属する聖職者から聞くことができるのは、ミサや祝祭の時くらい。現実的に週に1度程度でしょう。その間に起こる日常のトラブルや迷いは、自分たちで解決するしかありません。民衆は自分たちで話し合いながら問題を解決し、その中で新しい教義が生まれていく。そうして、カトリック信仰では得られなかった“精神的な救い”を求めた人たちの、独自の解釈、宗教は誕生するのです」(同)