――本誌音楽コラム連載「ファンキー・ホモ・サピエンス」でお馴染みの丸屋九兵衛氏が、台湾ヒップホップを取り巻く現状をトゥーマッチに解説。日本のヒップホップ愛好者たちよ、「遅いぞ、追いついてこい!」((c)ECD)
ダライ・ラマと対面を果たした「台湾ヒップホップ界の菩薩」大支。
それは2008年12月。
もともと「明るい北朝鮮」の実態を確かめたくてシンガポールに行こうと思ったワシだが、同国への旅行はあまりに高額で、代わりに選んだ渡航先が台北。つまり動機は「なんとなく」だったのだ。
こうして事前知識ほぼ皆無で訪れた台北で、ワシは驚いた。まず、とにかく人々が親切なのである。小銭を切らしたワシがバス代の支払いに困っていたら、同乗している皆さんが小銭を持ち寄って代わりに払ってくれた。東京では絶対に起こらないよな、そんなこと。
そして、もうひとつの大きな驚き。それは、そのバス事件の晩、台北名物の夜市(ナイトマーケット)に行って見かけたスリー6マフィアのポスターだ。とにかく、そこら中に貼ってあった。
スリー6マフィアは、テネシー州メンフィスの黒人ヒップホップ・グループ。ギャングスタ・ラップのガラ悪さと悪魔崇拝的要素を併せ持ち、「ソウルフルなのに陰々滅々」というワケわからん作風でカルト的人気を集めている連中である。
漢字だらけのポスターをどうにか解読すると、ここ台北でカウントダウン・ライブをやるらしいのだ。ええっ、(その時点では)日本にも来たことないスリー6マフィアが台北公演!? 調べてみると、いまだ来日経験がないほかのヒップホップ・グループも台北公演は敢行済みだった。
02年の日韓共催サッカーW杯の頃から「日本人の黒人音楽熱は韓国人に負けているのでは?」と感じてはいた。しかし、韓国のみならず、台湾にも負けてるのかも! そう思い始めた矢先、夜市近くのNEW ERA(世界最大級の帽子ブランド)ショップで、「狗」という漢字ロゴ入りの野球帽を見つけた。日本語もできる美人店員に訊いてみると、MC HotDog(MC熱狗)という地元ラッパーのモデルだという。
それが、ワシと台湾ヒップホップのファースト・コンタクトだった。
先駆者一家はカリフォルニア帰り
ジェフリー・ホアンひきいるMachi(写真上)、台南出身の雄Soft Lipa(写真下)。
台湾ヒップホップ。それは、L.A. Boyzに始まったと言っていいだろう。
92年にデビューしたL.A. Boyzは、カリフォルニア育ちの台湾系アメリカ人トリオ。メンバーは、ジェフリー・ホアン(黄立成)&スタンリー・ホアン(黄立行)の兄弟と、従弟のスティーヴン・リン(林智文)だ。オレンジカウンティ出身なので本来ならO.C. Boyzだが、近郊のL.A.を名乗ったのは、台湾人にとっては(ニューヨークではなく)ロサンゼルスこそがアメリカの象徴であり、憧れの土地であることを考慮してのこと。
80年代末からのダンスブームがまだまだ熱い時期。そんな時代を背景に、徹頭徹尾ダンスしまくりながら、英語を基本にラップしていく彼らのスタイルは、衝撃的にモダンだったはずだ。こうして父母の故郷・台湾にヒップホップの種をまいた彼らは、97年までに10枚ものアルバムを発表するも解散。スタンリーは台湾に留まりソロ活動を開始するが、後の二人はアメリカに戻り、実業方面に転身することになる。