識者が語る「多崎つくる」【4】
岩波 明(いわなみ・あきら)
1959年、神奈川県生まれ。東京大学医学部卒。精神科医。都立松沢病院をはじめ、多くの精神科医療機関で診療に当たり、現在、昭和大学医学部精神医学教室教授。著書に『精神障害者をどう裁くか』(光文社)、『精神科医が読み解く名作の中の病』(新潮社)などがあり、精神科医療における現場の実態や問題点を発信し続けている。
──最新著作『精神科医が読み解く名作の中の病』(新潮社)において、数々の名作小説の登場人物を、臨床に携わる精神科医の立場から分析してみせた岩波明氏。国内外の多くの文学作品にも親しんできた氏は、話題沸騰の春樹の新作をどう読むのか?
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は緻密に構成された小説であり、多くの村上ファンを魅了する作品であろう。しかしこの小説は、過去に村上氏が執筆してきた小説の何度目かのリフレインにすぎない。なぜなら、村上氏が描いているのは彼好みの「村上ワールド」であり、本書においてもその独自の世界をつくり上げることが目的化しているからだ。そして、その「世界」の奥に、爆発的なセールスとちまたの人気を超える何か奥深いもの、深遠なメッセージなどは存在しないのだ。
村上氏の小説におけるテーマ、技法は、第1作『風の歌を聴け』において、すでにすべて出尽くしている。それ以降の作品は、映画化された『ノルウェイの森』も『中国行きのスロウ・ボート』も、そして今回の「多崎つくる」の物語も、程度の差こそあれその反芻である。もっともこの反芻が、村上ファンには心地よいのかもしれない。