『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
著/村上春樹 発行/文藝春秋 価格/1785円
主人公・多崎つくるは、大学進学で上京して2年目に、突然地元の親友グループから縁を切られる。それは彼の中に深い傷を残した。それから16年後、鉄道会社に勤めるつくるに、友達以上恋人未満の関係にある沙羅は「4人から縁を切られた理由を探るべきだ」と告げる。彼はその言葉に従って、彼らを訪ねる旅に出た──という物語。社会現象となった『1Q84』以来の新刊ということもあり、発売が予告されるやたちまち話題に。世間の期待も高まり、発売前日の4月11日時点ですでに4刷50万部を超え、1週間でミリオンを達成するなど、驚異的な売り上げを記録している。
──4月、村上春樹の新刊『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』が発売され、各メディアがその熱狂ぶりをこぞって報道した。一体なぜ、これほどまでに村上春樹の作品は売れるのか? 遅ればせながら本誌もこのフィーバーに乗っかり、過去作品の研究や、宗教家や批評家、ハルキスト・アイドルなどによる新刊レビューを敢行。今、最もノーベル文学賞に近い日本人・村上春樹の実態に迫った。
4月12日の発売から7日目にしてミリオンセラーを達成した村上春樹の新刊『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文藝春秋)。読者がバーゲンさながらに、目当ての書籍に殺到する風景は、初版部数290万部を記録した『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』(04年発売、静山社)の発売時を彷彿とさせる出来事だった。
しかし、いつから村上春樹氏の新刊がこれほどまでに爆発的な勢いで売れるようになったのだろうか? まずは一連の流れを見てみよう。2002年発売の『海辺のカフカ(上下)』(新潮社)や04年の『アフターダーク』(講談社)の頃は、確かに話題にはなったが、社会現象になるほどではなかった(こちらの記事参照)。分水嶺は、09年に新潮社が発売した前作『1Q84』にあるのだろう。同時発売となった『1Q84 BOOK 1』『BOOK 2』は、発売日までタイトルと価格、2巻同時発売という情報のみが開示され、書籍の内容については一切伏せられた。この戦略が話題を呼んで、メディアも大々的に取り上げて、発売から約2カ月で『BOOK 1』『2』同時にミリオンを達成。しかも、それぞれ初版刷り部数が20万部、18万部と、その後の売り上げからすると少なかったこともあって(それでも一般の書籍としては十分な数だが)、市場ではあっという間に品薄状態になった。増刷しても書店の注文に追い付かない状態が続き、結果的に消費者の“飢餓感”を演出することにもなった。
この例にならってか今回、文藝春秋も2月に発売の告知を掲載した際には、タイトル・発売日・価格、それと「短い小説を書こうと思って書き出したのだけど、書いているうちに自然に長いものになっていきました。僕の場合そういうことってあまりなくて、そういえば『ノルウェイの森』以来かな」という村上の談話のみを発表した。
ある文芸出版社の編集者によると、「『1Q84』の際に村上と新潮社がこの戦略で成功したので、今回も村上から文藝春秋にその話を持ちかけたという話だ。発売前まで社内でもゲラを読んだのは、社長以下経営トップ数人というほど、情報統制には超厳戒態勢が敷かれていた。また今回、『1Q84』ほか多くの作品を手がけてきた新潮社ではなく、文藝春秋から刊行したのは、文藝春秋の村上担当の女性編集者が急逝されたので、村上氏から追悼の意を込めて、1冊書きたいという申し出があった」との噂も出ているようだ。
また、都内書店員A氏は「文藝春秋の情報コントロールは本当に徹底していた。営業担当者に、本の詳細について聞いても『まったく知らない』と逆に困っていた様子。発売日前日には、書店にも本が届いたが、客の目に触れないようにしていた。販促用ポスターも同様で、発売日までは絶対掲示しないようにと、わざわざ電話があったほど。表紙画像が一般人によってネットにアップされたのは、発売が解禁される午前0時の確か2時間前くらいだったので、情報統制はまずまず成功したのでは」と話す。
このように、期待感を煽る戦略に出た文藝春秋だが、「初版刷り部数の設定には、社内で慎重派、積極派と意見が分かれたようで、苦労していた」(文芸系出版社社員)様子。結局、同社は初版30万部との結論を出した。しかし、書店やネット書店からの注文と問い合わせが殺到したため、発売前日の11日時点で刷り部数は4刷・50万部と一挙20万部を上積みすることになったのだ。
発売初日もお祭りそのもので、代官山蔦屋書店(東京・代官山)でのカウントダウンイベントや、三省堂書店神保町本店(東京・神保町)では入り口に「村上春樹堂」と看板を掲げて、早朝から店頭でワゴン販売を実施するなど、書店での“春樹フィーバー”を各局のワイドショーが報じるほど。文藝春秋も特設サイトや「週刊文春」などの自社媒体でこの話題を発売前後に繰り広げており、発売と同時に“祭り”は最高潮に達した。
「PubLine(紀伊國屋書店が提供するPOSデータ)など書店の売れ行きをみると、初回に仕入れた分のほとんどが初日に売れてしまった。紀伊國屋書店新宿本店では3日間で2700部を完売し、売上率は前代未聞の101%超え。仕入れを上回る販売部数となっているのは、おそらく店舗間移動などで外部から調達したのだろう」(出版社営業)