――上京して数十年、すっかり大阪人としての魂から乖離してしまった町田康が、大阪のソウルフードと向き合い、魂の回復を図る!
photo Machida Ko
大坂の魂を回復するのかなんか知らんが、その後、心のどぶ、を浄化して澄み渡った境地に至ろうとするのかなんか知らんが、SM(スーパー・マーケット)に参ってお好み焼きミックスや鰹節の粉などを購入し、それらの入ったへなへな袋をぶら下げ、背中を丸めて歩いている老人というのは、実に悲しく滑稽な存在なのではないだろうか。
ふと頭をよぎったそんな考えを打ち消すために、ことさら明るく、口笛なンどを吹いて歩いたが、そのメロディーたるやもの悲しいことこのうえなく、ようやっと陋居陋屋にたどり着いたときには私は、うちのめされた人のように成り果てていた。
死のうかな。
一瞬。ほんの一瞬だけ、そんな考えが浮かんで、慌ててこれを打ち消した。
大坂の人間はそんなことを考えない。どこまでいっても陽気浮気、泣く間があったら笑わんかい、って感じでゲラゲラ豪快に生きるのであり、よし死ぬにしても関東戎夷のように、半泣きで、「ああ、もう死ぬかない」言うなどして追い詰まって死ぬのではなく、ごくあっさりと、「ほな、ちょろ死んでこましたろか。あの世見物、ちゅうやっちゃね」などと、明るく楽しく勢いよく死ぬ。
話を戻せば、豚肉など入ってずっしり重い、上半分からネギが顔を覗かせるなどして不細工で到底、女の子に持てそうにないへなへな袋をぶら下げてとぼとぼ歩く自分を、悲しいことであるよなあ、なんて芸のない、まるで私小説文学のようなとらえ方をするのではなく、
ぎゃははは。ええおっさんがアカの宵からネギぶら下げて歩いとんが。ぶさいくなやっちゃで。大笑いや。
とあくまでも笑い、それも嘲笑ではなく哄笑の側に持っていく。
つまり悲しみのボールを抱え嘲笑のゴールに突入しようとする敵から、悲しみのボールを奪い、笑いの哄笑のゴールに突進して得点を挙げる。
そんなゲームのプレイヤーこそが大坂の魂なのである。
しかし、それをこのようにして文章化している。概念化している時点でそれは悲しみのゴールに向かう文学的営為なのでそんなことをやっているようではいつまで経っても関東戎夷である。
そんなことをなにも考えずに、放屁やそれが無理ならせめて時候の挨拶程度の意識でできるように自己の魂を鍛え直さなければならない。