──今年3月、新興宗教団体「サイエントロジー」にインスパイアされた映画『ザ・マスター』の日本公開が話題となっている。信奉者にトム・クルーズなどがいるサイエントロジーは、日本でも知られているが、同教団の設立者L・ロン・ハバードがSF作家であったことは、あまり知られていない。そこで、トンデモ本にツッコミを入れる「と学会」会長にして、自身もSF作家である山本弘氏に、サイエントロジーに見られるような“SFと宗教のディープな関係”について、聞いてみた。
『ダイアネティックス心の健康のための現代科学』
L.ロン ハバード/BRIDGE PUBLICATIONS, INC.(07年)/2100円
「望ましくない感覚、感情、非合理な恐怖、心因性の病気(精神的ストレスによって生じた、または悪化した病気)の軽減に役立つ方法論」(サイエントロジーの公式HPより)を綴った、サイエントロジーの教典的書籍。全世界で2000万部以上出版され、50の言語に翻訳されているという。原著は1950年に刊行。
SFと宗教の関係ということで、まず宗教が作品に良い影響を与えた例としては、敬虔なカトリック教徒であり、SFの権威・ヒューゴー賞の受賞経験もあるR・A・ラファティの名が挙がります。彼の小説は、神話や伝説の世界と現実が混じり合ったり、科学の常識を根底から否定していたり、我々の見ているものは世界の真の姿じゃない、という発想に貫かれてます。すごく奇抜なんですが、とても面白い。そんな彼の作品の下地にあるのが、信仰心だといわれています。一方、宗教にハマったことで作風が変わってしまったSF作家としては平井和正さんが有名でしょう。彼は新興宗教GLAに傾倒し、GLAの教祖・高橋佳子の著書『真 創世記』の口述筆記も務めました。彼の代表作である『幻魔大戦』は、最初こそSFアクションとして描かれていたものが、徐々に宗教団体の内部抗争の話になっていく。熱狂する人が出る一方で、従来のSFファンは唖然としていました。
そんな中、自身が新興宗教の教祖となったSF作家L・ロン・ハバードは特殊な例です。彼は、1950年に疑似科学的な自己啓発書『ダイアネティックス』を発表し、53年に新興宗教サイエントロジーの教祖となりました。彼のSF小説『宇宙航路』(50年発表)を読みましたが、宗教色はあまり感じません。しかし、彼が宗教活動を始めた50年頃は、確かにSFと“怪しげなもの”との関わりが強い時代だったといえます。SF誌の有名編集者で、作家としては『遊星からの物体X』(ドン・A・スチュアート名義)で知られるジョン・W・キャンベルが、この時期以降『ダイアネティックス』などの疑似科学的なものに興味を示し、積極的に取り上げていました。