竹内薫(たけうち・かおる)
1960年、東京都生まれ。サイエンス作家。著書『99.9%は仮説』(光文社新書)は40万部を超えるベストセラーに。物理、数学など幅広い科学ジャンルで執筆活動を行う。『たけしのコマ大数学科』(フジ)に出演中。
今回、科学分野でタブーを破った映画を選ぶということでしたが、そもそも未知の真理を追究する科学そのものにタブーはないと、私は考えています。しかし、科学者が人間である以上、研究所の力関係があったり、iPS細胞やES細胞をめぐる倫理といった社会のタブーに巻き込まれるというのはよくあることです。
例えば、映画ではないのですが、アメリカの科学番組『DNA:SECRET OF PHOTO 51』【1】はノーベル賞受賞者のタブーに切り込んでいます。ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックは、DNAの2重らせん構造を解明し、ノーベル賞を受賞しました。しかし、この番組はその研究過程の裏に隠された秘密に迫ります。生物学者・福岡伸一さんの著書『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)でも触れられていますが、DNAの構造解明の決め手になったのは、女性研究者ロザリンド・フランクリンが撮影したX線回折写真 「PHOTO 51」だったといわれています。ところが、彼女の研究成果は、先輩の研究者モーリス・ウィルキンスによって、ワトソンとクリックの手に渡ってしまう。この後、2人はノーベル賞受賞に至る功績を挙げるわけですが、一方のフランクリンは、1962年のノーベル生理学・医学賞授賞式の壇上に立つことなく、58年に37歳の若さでこの世を去ります。本作では、この世紀の剽窃事件の真相を追及するため、モーリス・ウィルキンス本人へのインタビューを敢行。そこから、受賞研究者を擁護する科学界の悪習や、男性中心の“研究者社会”の実情をあぶり出しており、科学界を取り巻くタブーに迫った一本です。