──2012年、使用者による事故や事件が頻発し、社会問題化した脱法ドラッグ。厚生労働省は薬事法の指定薬物と似ていれば一括で規制する「包括指定」の導入を決めたが、そもそもどんな人間が売り、そして買っているのか? 風営法問題と過剰規制される社会に迫った編著『踊ってはいけない国、日本』が話題の磯部涼が、その“需要と供給”をあぶり出す!
米国で91年に刊行された『PiHKAL』と続編の『TiHKAL』。恋愛小説風のドラッグ体験談と化学式解説が載った書物で、脱法ドラッグ製造の“教科書”となった。
「2012年は脱法ドラックのパンデミックだった」
ドラッグ体験を赤裸々に描いた著作『スピード』(文藝春秋)で知られる石丸元章氏は、カフェインなる合法ドラッグを静かに啜りながら語った。“パンデミック”とは、伝染病の爆発的流行を指す単語だ。12年前半、脱法ドラッグが原因と思われる緊急搬送数は11年の実に20倍に及んだという。酩酊した中毒者が起こした交通事故もマスメディアを賑わし、それまで、極端な個人の問題だと思われていた脱法ドラッグが、広く社会的な問題として認知され始めた年だと言っていいだろう。石丸氏はその真実に迫るべく、〈脱法ドラッグ最前線〉というトーク・イベントを開催している。しかし、取材を進める中で、自身もパンデミックに呑み込まれてしまった氏は、この日、脱法ドラッグへのアディクション(依存)を治す10週間の治療を終えたばかりだった。
「精神医療センターには、同じ原因で入ってきた人が5~6人いましたね。彼らの多くが、違法ドラッグの経験がある。それでも、共通して言っていたのが、“脱法ドラッグがこんなにも強いものだとは思わなかった”ということです」(石丸氏)
周知の事実だろうが、まず、“脱法ドラッグ”とは何か、簡単に説明しておこう(類型についてはこちらのコラムを参照)。例えば、06年頃からヨーロッパで出回り、現在のいわゆる脱法ハーブ・ブームの火付け役となった〈スパイス〉というブランドがある。大麻に含まれるカンナビノイドに近い成分を人工的につくり出した、いわゆる合成カンナビノイドを乾燥植物片に噴霧した商品だ。摂取すれば、大麻のような、もしくはそれ以上の酩酊効果が得られるが、化学物質としてはまったく別物のため、当初は規制の対象ではなかった。その対策として、日本では09年に〈スパイス〉に使われていたJWH-018を指定薬物に定めることで取り扱いを制限している。しかし、合成カンナビノイドには、JWH-073、JWH-250、JWH-210、JWH-122……というように、無数の種類が存在し、何かが規制されれば別の何かへと鞍替えする、イタチごっこ──要するに“脱法”が繰り返されるのだ。そして、その果てに、脱法ハーブは大麻と似ても似つかないものになってしまった。
12年6月25日に放送されたNHKの情報番組『クローズアップ現代』の内容は、専門家の間でも波紋を呼んだ。薬物問題に詳しい弁護士の小森榮氏は、自身のブログに「腹立たしさと同時に、そら恐ろしい気分を感じています」と書いている。同番組が、独自調査により、市販されている脱法ハーブから覚せい剤に似た作用を持つα-PVPを検出したのだ。脱法ハーブとは、もともと、あくまで大麻を模したものであった。大麻は覚せい剤などに比べて依存性や副作用が弱いライト・ドラッグに分類される。脱法ハーブがこれだけヒットしたのも、そのハードルの低さからだろう。しかし、違法ドラッグの経験がない若者が、ちょっと背伸びをして、手を伸ばしたものが覚せい剤同様のハード・ドラッグだったとしたら……12年に日本中で報告された奇行の実態が推測できるというものだ。
「今の脱法ハーブを安易に吸い続ければヒドい目に合う。確実に壊れます。常用者でもひと口吸って捨てるほど強いものもあります」
〈脱法ドラッグ最前線〉で石丸氏のパートナーを務め、同問題の研究を進める雨森諭司氏は言う。本来、合成カンナビノイドは医療用につくられたものだ。しかし、規制から逃れるために生み出された新種は当然ながら臨床実験等が行われていない。また、ブームで業者が乱立し、競争が激化。彼らはより魅惑的な商品を開発しようと、強い成分を混ぜ始める。さらに、それらには薬事法対策で“摂取してはいけない”と注意書きがされており、販売員は客にその効果を説明することができない。つまり、脱法ドラッグはブラック・ボックスと化しているのだ。あるいは、びっくり箱と言ってもいい。雨森氏は続ける。
「違法ドラッグの方がまだ、プッシャーとジャンキーの間でコミュニケーションがあったと聞きます。脱法ドラッグは、何が出てくるのかわからないガシャポンみたいなもの。しかし、ハマる人にはそれがイイらしいんですね。“今度は、どんなキマり方をするんだろう?”って予想がつかないのが面白いのだとか。でも考えてみれば、コンビニやファースト・フードで買う食べ物にしても、本当は何が入っているのかなんてわからない。脱法ドラッグは決して異端ではなくて、規制と競争のせめぎ合いの中で生まれた、資本主義の象徴だと思うんです」