――アダムとエヴァの物語によって本来タブー視されているはずの、キリスト教における裸、性。それがなにゆえ、西欧美術においてどんどん制作されていくのか? そこには、人間の壮大な“言い訳”の歴史があった……!?
■ルーカス・クラーナハ(父)
【1】『アダムとエヴァ』
(1526年代、コートールド美術研究所、ロンドン)
アダム「父さんは食べちゃいけないって言ってたけど、いいのかなあ」(と頭ポリポリ)。エヴァ「何言ってんのよ。美味しそうじゃないの。いいからいいから」。なんてやり取りが聞こえてきそうである。2人の股間は植物や木の葉で隠されているが、どことなく不自然で無理矢理感は否めない。エヴァの誘惑的な眼差しと豊かな金髪が眼を引く。
■fレンブラント・ファン・レイン
【2】『バテシバ』
(1654年、ルーヴル美術館、パリ)
現代人の美意識からすると脂肪過多のようにも思えるが、熟女好みと呼ぶべきか、この時代のオランダではこのようなふくよかな女体が好まれたようだ。彼女の手にあるのはダヴィデからの手紙だろうか。もの憂気な表情に王から想いを寄せられる彼女の心の葛藤がうかがえる。闇に浮かび上がる裸身が眼にしみる。
■ティントレット
【3】『スザンナの水浴』
(1555~56年、ウィーン美術史美術館)
画面の片隅と奥で息をひそめるようにしてスザンナを盗み見る2人の老人。スザンナは老人たちの存在に気付かず無心に鏡を見つめている。覗き見という主題はあくまでも裸婦を描く口実だ。脱ぎ捨てた豪華な衣服や髪飾り、アクセサリー、庭の木々や花々の緻密な描写が彼女の裸体の美しさを引き立てている。