──国家とは、権力とは、そして暴力とはなんなのか……気鋭の哲学者・萱野稔人が、知的実践の手法を用いて、世の中の出来事を解説する──。
第29回テーマ「成熟社会における公共事業の正当性」
[今月の副読本]
『成熟社会の経済学』
小野善康/岩波新書(12年)/798円
1980~90年代にかけて、「発展途上社会」から「成熟社会」へと変貌した日本経済。努力が報われる社会から生活を楽しむ思考が必要とされる中、政策、少子高齢化、環境エネルギー問題の“あるべき取り組み”を浮き彫りにする。
先日、仕事のためフィリピンにいってきました。初めてのフィリピンで、私はとても驚きました。想像以上に経済が成長していたからです。マニラには巨大な高層ビル群があり、あちこちに建設中のビルがありました。走っている自動車も新車ばかりです。トヨタや三菱自動車のSUVが多かったでしょうか。先進国から輸入した型落ちのオンボロな中古車が走っているという、かつての途上国の面影はそこにはありませんでした。私が留学していたパリのほうが、古くてオンボロな車は多いぐらいです。フランスでは一台の車を古くなるまで乗りつづける人がたくさんいますから。マニラやダバオの巨大ショッピングモールにいったときは、先進国にも劣らないきらびやかな店内で、多数の地元客がショッピングにつめかけている様子に圧倒されました。フィリピンでも着実に中間層が形成されているのです。
もちろんフィリピンには極貧生活を送る人がまだまだたくさんいます。スラムは町のいたるところにありますし、有名なゴミ山でリサイクルできそうなものを拾って生活する人もいなくなったわけではありません。また、経済成長といってもそれはマニラなど一部の都市部だけの話で、それ以外の地域は経済成長の果実をそれほど享受してはいません。依然として、貧困や格差は極端なかたちでフィリピン社会を覆っているのです。
とはいえ、フィリピンの経済成長そのものがそれによって否定されるわけではありません。ちょうど私の滞在中に、フィリピンの2010年第3四半期のGDP(国内総生産)が7・1%だったことが発表されました。これは同期の成長率でいうと東南アジアで最高であり、また中国の同期の成長率7・4%に迫るものです。中国から東南アジアにかけての市場の動向を調査している知人のアナリストは、フィリピンの経済的な潜在力に日本人があまり注目していないことを嘆いていました。私も現地でフィリピンの経済成長の勢いを肌で感じて、彼の意見に納得したのでした。