「ALPS 1996 #12」(1996年)(c)Taiji Matsue courtesy of Taro Nasu
松江泰治の作品に「ALPS」というカラーの連作がある。1996年にモノクロで撮影したアルプスの山肌を、2011年にまったく同じ構図で再撮影したものだ。細部まで写し込まれた精緻な写真は、15年という歳月を経ても、この場所の風景が以前とそれほど変化がないことを知らせてくれる。人間的な時間の尺度と自然のそれとでは大きく違うのだろう。「ALPS」の連作4点をよく見ると雲の影の落ち方や山肌を覆う緑のトーン、そこを照らす光の角度などによってそれぞれが別々のカットであることが辛うじて判別できる。とはいえ、これらが100パーセント別々のカットだと言い切れないこともまた確かだ。なぜなら写真は一枚のネガから複数枚のポジを得られる複製技術であるために、構図を同じくした写真の微細な違いというのは、一枚のネガのプリントの焼き加減によっても生じさせることができるからだ。そしておそらくネガを見たとしても、どのネガがどのポジに対応しているのかというようなイメージの同定は困難だろう。