──世界はフリーメーソンとイルミナティとユダヤによって支配されている」「9・11アメリカ同時多発テロはアメリカ政府の自作自演だった」などなど、時代を問わず、また洋の東西を問わず流布してきたさまざまな陰謀論。情報化の進んだ現代の日本においても、陰謀論は、衰退するどころか、書店には「歴史のタブーを暴く!」といった大仰な煽り文句の関連書籍が数多く並び、その勢いを増しているように見える。最近話題になったものだけでも、「東日本大震災は地震兵器によって引き起こされた」といったトンデモ臭漂う主張から、「大メディアは韓国の政府や企業に支配されている」など、にわかに真偽を判断できない主張まで、枚挙にいとまがないほどだ。
『世界の陰謀論を読み解く』(講談社現代新書)
陰謀論とは、簡単にいえば、広く一般に認められている事象に対し、その裏になんらかの策謀や隠された真実があるとする主張のことだ。『アメリカ陰謀論の真相』(文芸社)の著者で、アメリカ現代史研究家の奥菜秀次氏が、そのわかりやすい事例として挙げるのが、1963年に発生したケネディ大統領暗殺事件をめぐる陰謀論だ。
「『元海兵隊員のオズワルドの単独犯行だ』という公式調査委員会の発表と前後して、『暗殺を企てたのはCIAとマフィアだった』『オズワルドが射殺されたのは口封じのためだった』といった陰謀論が次々に生まれました。私の次回作『世界はこうしてだまされたケネディ暗殺陰謀論はすべて捏造だった(仮)』でも述べるように、今やそうした主張のすべてがデタラメであることが証明されているのですが、事件から約半世紀が経過した現在でも、アメリカを中心に根強く支持され続けています」
奥菜氏が指摘する通り、陰謀論は、曖昧な目撃証言や印象論に基づく眉唾なものが大半ではあるが、一般的な通説に対して「実は」「その裏には」と主張するものであるため、原理的に立証も反証も難しい。だからこそ、いったん話題になるとなかなか消滅しにくいのだ。
一方、歴史学の世界において陰謀論は、先述のような性質を備えるだけに、マジメに検証するに値しないものとして扱われ、忌避され続けてきた。日本近現代史を専門とする歴史学者で、『陰謀史観』(新潮新書)などの著書を持つ秦郁彦氏は、歴史学で陰謀論を扱うことの難しさについてこう語る。
「『ユダヤ陰謀論』のように、スケールの大きな陰謀論ほど、反証しようにもそもそも証拠となる資料など存在しないことが多く、そこを強引に論破しようとしても、水かけ論になってしまうケースが大半です。また、比較的スケールの小さな、一見信憑性の高そうな陰謀論であっても、論文などで『こういう説もある』と取り上げると、今度はそれを支持するか否かについて言及しなければならなくなります。それで結局、陰謀論めいた説には触れないほうが無難、ということになるのです」
その成り立ちからして立証・反証不能なものである陰謀論に正面から向き合うことは、学者にとって、労多くして功少ない行為というわけだ。