サイゾーpremium  > 連載  > 学者・萱野稔人の"超"哲学入門  > 【連載】萱野稔人の"超"現代哲学講座 第24回
連載
萱野稔人の"超"現代哲学講座 第24回

同語反復に過ぎないポストモダン議論などしょうもない! 国家に基づいたお金が流通する本当の理由

+お気に入りに追加

──国家とは、権力とは、そして暴力とはなんなのか……気鋭の哲学者・萱野稔人が、知的実践の手法を用いて、世の中の出来事を解説する──。

第24回テーマ「ポストモダンが見誤る市場経済」

1208_kayano.jpg

[今月の副読本]
『資本論 (一)』
カール・マルクス/岩波文庫(69年)/882円
言わずと知れた、マルクス経済学の根底をなす不朽の古典。初版は1867年に刊行。資本主義における市場経済や経済法則を分析し、その矛盾を顕にしながら社会主義の到来と必然を問う、当時としては画期的な論考だった。


 個人的な話からで恐縮ですが、私が大学に進学したのは1989年のことです。そのころの人文思想界ではポストモダンが全盛期で、少しでも哲学や思想に興味がある学生はほとんどと言っていいほどポストモダン思想(として紹介されていたもの)に感化されていました。愛知県の某地方都市でさして文化度の高くない高校生活を送っていた私は、ポストモダンなどというものが思想界を席巻していることを大学に入るまでまったく知らず、したがって当時スターとしてあがめられていたデリダやドゥルーズといった哲学者たちの名前も知らなかったので、大学で先輩や同級生がポストモダンの用語や思想家の名前を使っていろいろと議論しているのを見て驚いたものです。

 ただ、その当時日本でなされていたポストモダン論議の大部分は、いまから振り返るとひじょうにしょうもないもので、当時よく話題にのぼっていた本や論文をいま読むと、あまりの無内容さと独りよがりな物言いに「よくこんなものにみんな熱中していたな」と恥ずかしくなってしまいます(もちろんだからといってドゥルーズやフーコーの議論が無内容だということではありません、あくまでも日本の思想界での話です)。あの時代、輝いてみえたポストモダン思想も、実際のところは、大学の研究者も含め、多くの人が「外部」だとか「力」とかいったポストモダン用語に振り回されて、本当は自分たちでもよくわかっていないことを印象論のレベルで論じていただけでした。ですので、当時のポストモダンの議論が現代の思想論壇やアカデミズムに有意味な影響をほとんど与えていないのも当然のことでしょう。とはいえ、それでもなお当時のポストモダン議論に影響を受けつづけ、当時のままの語彙や物言いで思想を論じている人間がまだまだいるのも事実で、そういった人間をみると、バカにつける薬はないというか、端的にうんざりします。

ログインして続きを読む
続きを読みたい方は...

Recommended by logly
サイゾープレミアム

2025年5月号

新・ニッポンの論点

新・ニッポンの論点

NEWS SOURCE

インタビュー

連載

    • 【マルサの女】名取くるみ
    • 【笹 公人×江森康之】念力事報
    • 【ドクター苫米地】僕たちは洗脳されてるんですか?
    • 【丸屋九兵衛】バンギン・ホモ・サピエンス
    • 【井川意高】天上夜想曲
    • 【神保哲生×宮台真司】マル激 TALK ON DEMAND
    • 【萱野稔人】超・人間学
    • 【韮原祐介】匠たちの育成哲学
    • 【辛酸なめ子】佳子様偏愛採取録
    • 【AmamiyaMaako】スタジオはいります
    • 【Lee Seou】八面玲瓏として輝く物言う花
    • 【町山智浩】映画でわかるアメリカがわかる
    • 【雪村花鈴&山田かな】CYZOデジタル写真集シリーズ
    • 【花くまゆうさく】カストリ漫報
サイゾーパブリシティ