もはやどんな事物もテクノロジーと無関係には存在できないこのご時世。政治経済、芸能、報道、メディア、アイドル、文壇、論壇などなど、各種業界だってむろん無縁ではいられない──ということで、毎月多彩すぎる賢者たちが、あの業界とテクノロジーの交錯地点をルック!
[今月の業界と担当者]
マンガ業界/泉 信行(マンガ研究家)
──かねてよりインターネットはアマチュアマンガ家の作品発表の場として、数多くのWebコミックが公開されてきた。だが、昨今では出版社が自社の公式サイトでマンガ作品を公開する動きが加速している。一方で、電子書籍でのマンガ配信は一般的となったものの、電子書籍自体の普及は遅々として進んでいないのが現状だ。そんな中で、流通から表現に至るまで、ITがマンガに及ぼした影響を考えてみよう。
ネットの人気作家をスカウトして作られている、小学館のWebコミックサイト「裏サンデー」。その中の『ケンガンアシュラ』の1ページ。コマごとに逐次、絵の内容に対応した「解説」が入ることで、光ディスプレイの「目の滑りやすさ」が補われる。
マンガとITのかかわりといえば、2つのカテゴリが視野に入ります。
それはWebコミックと、電子書籍のマンガです。今回は、この2つを「ITコミック」と銘打ち、その可能性を検証していこうと思います。
まずは、Webサイトにアクセスして閲覧するのがWebコミック。こちらはプロ・アマ問わず「無料」が基本です。ただし、企業サイトの作品は端末にダウンロードできない仕様が多く、期限付きの公開であることもしばしば。「無料配信が止まれば再読できなくなる」のも特徴です。
反対に電子書籍だと、端末にダウンロードしてから読書用のアプリで開きます。ダウンロードには課金が必要で、仮に無料の設定だったとしても「0円で購入する」という体裁になるでしょう。ダウンロード購入する仕組みで言えば、「ケータイコミック」も電子書籍に近いシステムです。
仕組みの違いだけでなく、両者はその中身も微妙に異なります。
Webコミックはブラウザで開くので、私たちが知る「本」の形(=見開き表示)をしていない場合があります。もし本と同じ形式でアップされていたら、その原稿は紙の書籍で出し直すことも見越した作品でしょう。Webコミックはそれ単体で商売になりにくいため、商業的に利用するなら「紙の本として出版できる」かどうかがポイントとなります。
その一方、電子書籍のマンガは「紙の書籍のデジタル化」なのが普通で、その中身は通常のマンガと変わりません。紙の出版を通さず、初めから電子書籍のために原稿を描くことはあまり考えられていないのです(ケータイコミックはその例外で、ケータイ向けの描き下ろしが中心)。
つまり、「デジタル→紙」という流れで利益を生み出すWebコミックと、「紙に加わる新たな販路」として据えられている電子書籍とでは、同じITを利用していても、流通に用いるルートが逆方向なのです。
端的には、ユーザーが読みたいマンガの「書籍化(印刷)」を代行するのがWebコミックのビジネスであり、逆に「電子化(自炊)」を代行するのが電子書籍ビジネスだと言えるでしょう。
Webコミックへの企業参画では、ゲームソフト会社「スクウェア・エニックス」がWebコミック誌を2008年に創刊。企業がネットを利用するには、当然IT技術が必要で、ゲームソフト会社である同社は、自社サーバーを有効活用して、Web連載からの単行本化で利益を得るスタイルを確立し、ほかの出版社に先んじた歴史があります。
元々「マンガ専門誌」の売上は黒字にならないもので、同じ赤字になるならネットで「立ち読み」されても同じです。単行本を売るためのPRと割り切った場合、少ない投資でサーバー運営ができたゲームソフト会社は一歩有利でした(小説などと違って、大量の画像データを扱うWebコミックには相応のサーバー環境が必要になります)。
やや遅れて、元々公式サイトの運営に力を入れていた『週刊少年サンデー』(小学館)の編集部が『クラブサンデー』を創刊。大手出版社が「Web連載→単行本化」というシステムに乗り出した最初の事例でしょう。