7年ぶりに11年度のブルーリボン賞を獲得した長澤まさみ。一気に勢いをつけたいところに、NHKドラマはこれ以上ないチャンスだったに違いない。
NHKが講談社を訴える──そんな話が舞い込んできた。
2010年に放送された浅田次郎原作の『蒼穹の昴』や、10年の池井戸潤原作『鉄の骨』など、これまでも講談社刊の小説を原作に、数々のテレビドラマを制作してきたNHK。しかし、これまで良好だった“実写ドラマ化”のタッグに、亀裂が入ったというのだ。
「この4月からまた、講談社の小説を原作としたNHKドラマの放送が決まっていました。だけどクランクインの当日に、講談社側から突然ドラマの中止を言い渡されたらしいんです」(制作関係者)
その原作とは、辻村深月【1】の小説『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』。09年12月に創業100周年を迎えた講談社が、創業100周年記念企画「書き下ろし100冊」と題して発行したうちの1冊だ。
「この作品は、作者の出身地である山梨県を舞台にし、母と娘の微妙な距離感や、地元に残った女性と都会に出た女性の価値観の違いといった、女同士の微妙な関係性を題材にしています。NHKの担当プロデューサーは、『この作品なら、ぜひうちで映像化したい』と大いに意気込んでいました。脚本も、大河ドラマ『風林火山』などで知られる大森寿美男氏が担当していたようで、『思いっきり泣かせるモノにします!』と気合い十分だったとか。ですが皮肉にも、この大森さんの脚本が問題の引き金になったようです」(同)
『講談社』
1938年創業の大手出版社。最近では 、故・スティーブ・ジョブズの伝記『スティーブ・ジョブズ』を発行し、前後編合わせて売り上げ100万部突破。しかし、赤字だったという。
作者の辻村氏は、10年、同作で第142回直木賞および第31回吉川英治文学新人賞の候補に初めて選出されている。地元でOLをしながら作家活動を行っていたという同氏にとって、初めて故郷を舞台に描いた、思い入れの強い作品でもあったのだろう。大森氏が映像用に書き起こした脚本に、どうしても納得がいかない部分があったのだという。
「詳しくはわかりませんが、脚本自体は最終回まで書き上がっていたし、NHKサイドは、指摘があった部分を何度も書き直したそうなんです。それでも結局、『作者の意図とは違う』という理由で、白紙に戻されたとか。キャストも決まって、ロケハンも終わり、あとはもう撮るだけ……というタイミングですから、NHKサイドが憤慨するのも無理はないですよ」(同)
そのキャストには、「都会に出て働く主人公のみずほを長澤まさみが、地元に残った女性・チエミを黒木華が演じ、さらには、佐藤江梨子や風吹ジュンらの起用も決まっていた」(某芸能事務所関係者)といい、大手芸能事務所が多数絡んでいた。
「主演の長澤さんにとって、女性ばかりと絡む作品、というのは初めて。これまで、映画『世界の中心で、愛をさけぶ』や『モテキ』は森山未來さん、声優として出演したジブリの『コクリコ坂から』でも岡田准一さん、と、男性と絡む作品ばかりだった。『モテキ』で久しぶりに脚光を浴びて、長年の“低視聴率女優”という汚名を返上したかったのでしょう。長澤さんも、これまでとは違う自分を見せたいと、相当意気込んでいたそうです。結局、今回の白紙により、そうしたキャスティングなどの準備費用だけでも、数千万の損失があるのでは」(前出の制作関係者)そこまで進んでいながら、なぜ講談社と辻村氏は、突然「白紙に戻す」と言い出したのか。本当に、原因は脚本だけなのだろうか。別の関係者に話を聞くと、そもそも「NHKの担当者は、どうやら辻村先生と一度も対面していないらしい」という。NHKと辻村作品といえば、今年1~3月に放送された『本日は大安なり』の実写ドラマが記憶に新しい。同作は角川書店刊の作品で、主役を優香が演じた。関係者いわく、「実写化の際は、もちろん辻村先生も同席して、NHKの担当と打ち合わせをしたと聞いています。先生は決して気難しい方ではないですし、脚本に関するやり取りも、通常レベルのものだったようですが……」と、クランクイン当日にすべてを白紙に戻すような作家ではないようだ。
「なんでも、担当編集が、まったく取り継がなかったそうです。辻村先生は、『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』に次いで、11年に集英社から発行した『オーダーメイド殺人クラブ』でも直木賞候補に選ばれています。さらに同年、新潮社から出した短編の『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞を受賞されてしまいましたから、『次はうちから直木賞を』という思いからなのか、彼女の扱いに相当センシティブになっていたとかで……」(同)
とはいえ講談社といえば、08年度の株主総会で、第70期決算の純損失が実に76億8600万円だったと発表。今年の2月には、11年11月期が純利益1億6400万円と黒字化したことを発表したものの、この出版不況の中、依然として少しでも多く売り上げがほしい状況であることは間違いない。実写ドラマ化は、多かれ少なかれその後の書籍の売り上げにもつながるため、どこの出版社も積極的な印象だが……なぜ、突然白紙に戻すことになったのか。講談社の担当者に経緯説明を求めて問い合わせたところ、「現段階で、コメントすることはありません。 講談社広報室」との回答がFAXで返ってきたのみだった。さらに、山梨県のフィルムコミッションの担当者にも問い合わせてみたが、「詳しい経緯は知りませんが、我々にとっては、撮影のドタキャンなんて日常茶飯事です。今回の作品は、山梨での撮影予定日より少し前に話がなくなったので、それほど不自然ではありませんでしたよ」と冷静な反応だ。いずれも、NHKとはかなり温度差のある印象を受ける。
そもそも、正式な“契約書”を交わすのは撮影が始まって以降、といったことが慣例となっているドラマ業界。今回も同様に、正式な契約は行われていなかったという。
「講談社にはライツ事業部という、刊行物の著作権を管理する部署があって、当然“許可”は取っていたようなんです。ただ、文芸部の作品に関しては、ライツ事業部も担当者の判断に口を挟めないようで。それで、クレームをつけたら、今度は『うちはNHKをいくらだって叩けるんですよ』と言ってきたらしい、という話も耳にしました。ついにキレてしまったNHKサイドが、『損失は取り返す!』と、講談社を訴える準備を進めているという噂も出てきてますよ。ただ、契約書のない今回の件について、NHK側に勝機があるかどうか……」(別の関係者)