本誌4月号など、これまで継続的に報じてきたアフガニスタンの国内事情。いまだ同国内では反政府武装勢力タリバンと、米軍やNATO軍の間で紛争が絶えない。そこで犠牲になっているのは、罪のない一般市民たちだ。日本でも約4500億円もの支援を継続することを菅直人首相が表明したばかり。だが、国内のメディアは現状をほとんど報じず、人々の関心は薄れていくのに反比例して、事態は悪化しているという。今年1月に続き6月も現地に足を運んだというジャーナリスト・西谷文和氏に、アフガンのリアルな今を再び聞いた。
タリバンによるロケット弾攻撃を受けたカブールは厳戒態勢に。取材も困難な状態となった(写真上)戦争による貧困により、病気の娘を治療もできずに失った母。亡き娘の墓の前で(写真下/いずれも撮影は西谷氏)。
──西谷さんは5月31日から6月12日にかけ、ご自身5度目のアフガン取材を敢行されました。そのときの状況をお聞かせください。
西谷(以下、西) 6月2日から4日まで「ピースジルガ(和平会議)」が首都カブールで開催されることになっていたので、そこから取材をスタートするつもりで2日にカブール入りしたのですが、その日にカブールにタリバンによってロケット弾3発が撃ち込まれました。
──ご自身は無事だったのですか?
西 私はそのとき、ピースジルガの会場となるアフガニスタン警察学校の近くにいたのですが、「ドーン」という乾いた爆発音がしたので「あ、やったな」と。前日から「何か起こらなければいいが」と通訳と話をしてはいたんです。しばらくすると、また爆発音と乾いた銃声音。その後はサイレンを鳴らす救急車や軍関係者の車が何台も通り過ぎて、大騒ぎになりました。爆発音が聞こえたのは、最終的に4回です。
──ロケット弾はどこを狙って撃ち込まれたのでしょうか。その影響は?