Steven Heller『IRON FISTS: Branding the 20th-Century Totalitarian State』(Phaidon Press)
──ヒトラーのナチス、ムッソリーニのファシスト党、ソヴィエト連邦、中国共産党、そして大日本帝国が利用したプロパガンダの視覚表現......。グラフィック・デザイン。それらのキケンな「効力」をデザイン・ライターの大城譲司が解説する。
第二次世界大戦では、さまざまなテクノロジーが進化を遂げた。たとえばインターネットに欠かせない暗号化の技術。その起源をたどれば、第二次世界大戦にまで遡ることができる。またコンピュータ・サイエンス自体、暗号解読のために発展したという側面がある。
戦時中の技術開発は、視覚文化の領域にも及んでいる。なかでもファシズム国家が最大限に利用したのがグラフィック・デザイン。インパクトのあるヴィジュアルとキャッチーなコピーを組み合わせることで、見る者をある一定の方向に誘導しようという技法だ。戦前から戦中にかけては、多色刷りのポスターを通して、国家の意志がたたえられ、戦争が賛美されたのだ。
情報をコントロールし、国民を扇動しようという動きは、1917年のロシア革命後のソヴィエト連邦で発達した。そうした国家の思惑を、直接的・間接的に支えることになったのが、ロシア構成主義(ロシア革命前から20年代のソ連で展開された芸術運動で、機械・工業的表現に基づく幾何学的イメージが特徴)を掲げた芸術家たちだ。ロシア構成主義は、絵画・彫刻・建築・写真など、さまざまな分野にまたがっているが、なかでもアレクサンドル・ロトチェンコやエル・リシツキーの作品は、いま見てもカッコいい(写真1参照)。ちなみに古くは坂本龍一『B-2 UNIT』(80年)、最近だとフランツ・フェルディナンド『You Could Have It So Much Better』(05年)のジャケットが、ロシア構成主義にオマージュを捧げたものとなっている。
音楽ネタついでに言うと、PAシステムを使用したロック・コンサートも、原型を探れば、ファシズムの宣伝工作にたどり着く。これは30年代にニュルンベルクで開催されたナチスの党大会で採用されたシステム。ヒトラーの演説を会場の隅々に行き渡らせるために開発されたものだ。
旧ソ連が世界初の宣伝国家だったとすれば、ナチス・ドイツは、それをさらに洗練させ(写真2参照)、視覚とともに聴覚を同時に刺激し、オーディオ・ヴィジュアルなプロパガンダを行った。その最高峰がレニ・リーフェンシュタール監督による『意志の勝利』。この映画は、前述のニュルンベルク党大会を記録したもので、当然、ナチスを絶賛しているがゆえに、現在、ドイツでは上映禁止。日本では、今年、67年ぶりに公式上映されたことで話題となった。
旧ソ連では、ロシア構成主義のアプローチが、さまざまなかたちで応用されたが、ナチスでは、プロパガンダの天才、ゲッベルスが辣腕を振るっていた。国民啓蒙・宣伝省(それにしても、すごい名称だ)のトップとして、ドイツ国内のメディアを支配し、大衆を扇動するためのイベントを企画している。ゲッベルスの華麗なる演出によって、ドイツ国民は歴史の狂気に飲み込まれていったのだ(詳しくは、平井正『ゲッベルス──メディア時代の政治宣伝』(中央公論社)をお読みいただきたい)。ロシア構成主義がグラフィズムに大きな影響を与えたのと同じく、ゲッベルスのやり方も現代の広告・宣伝の手法を先取りしている。それはアメリカや日本といった資本主義社会においてさえ(いや、資本主義社会だからこそ?)効果的に機能した。
『FRONT』(東方社)
ファシズムの語源となったのが、ムッソリーニが党首を務めたイタリアのファシスト党(写真3参照)。ファシズムの特徴としては、一党独裁による国粋主義と諸外国への侵略主義が挙げられるが、もちろん、我が大日本帝国もその例に漏れない。そして、当然というべきか、ナチスやファシスト党にひけをとらない視覚表現を実践していた。対外宣伝誌『FRONT』である(写真4・5参照)。
編集・デザインを担当したのは東方社。内閣情報府と陸軍参謀本部の肝いりで設立された会社だ。そもそも、ソ連で刊行された対外宣伝誌を参考にしていたため、ロシア構成主義で培われた写真撮影の構図やフォト・モンタージュの技法などを積極的に取り入れている。なお、『FRONT』には、日本のグラフィック・デザインの礎を築いた原弘、日本を代表する写真家・木村伊兵衛などが参画していた(詳しくは多川精一『戦争のグラフィズム──『FRONT』を創った人々』(平凡社)をお読みいただきたい)。
一党独裁といえば、中華人民共和国。建国以来、半世紀以上も中国共産党による支配が続いている。グラフィズムという観点から眺めると、60年代後半からおよそ10年間にわたって繰り広げられた文化大革命に注目したい。これは毛沢東による権力闘争が中国全土を巻き込んだ粛清運動にまで拡大したものであり、いまとなっては歴史の悲劇と言うしかない。当時、毛首席をアイコン化したポスター(写真6参照)やバッヂが制作され、紅衛兵は毛首席語録を常に携帯していた(こうした光景を強引にポップ化したのがJ=L・ゴダールの映画『中国女』である)。
大日本帝国の対外宣伝グラフ雑誌。
プロパガンダは、国を超え、時代を超え、大衆を魅了する。とりわけ広告・宣伝の分野では効果的な手法として洗練されてきた。一方、プロパガンダは「大衆」の存在が前提となっている。その意味では、きわめて20世紀的なものだ。おそらく21世紀のプロパガンダは、一党独裁とも排外主義とも関係なく、分散化した社会に応じた顔つきで現れることになるだろう。
大城譲司(おおしろ・じょうじ)
1968年、沖縄県生まれ。フリーライター。インテリアやプロダクト、グラフィックなど、デザイン関連の取材・執筆を行う。ファシズムついでにいうと、三島由紀夫による民兵組織「楯の会」の制服は正直ダサイと思う。
Steven Heller『IRON FISTS: Branding the 20th-Century Totalitarian State』(Phaidon Press)
20世紀のプロパガンダを嫌というほど堪能できる一冊。❶「レーニンの権威をかけて艦隊飛行船を建造せよ」と大衆を煽るポスター(ソヴィエト連邦・1931年 courtesy : Swann Gallery, NY) ❷ナチス党の青少年組織ヒトラー・ユーゲントのハンドブック(ドイツ・1936年) ❸ファシスト党ポスター(イタリア・1937年) ❻中国共産党ポスター(中国・1969年)