──「東京ヴェルディが消滅の危機に瀕している」。今年9月、スポーツ界に衝撃が走った。だが、この騒動は、単なる老舗スポーツチームの経営にかかわる問題だけではなく、スポーツビジネスの行く末を占うものだったのである……。
東京ヴェルディのHPより。
11月上旬現在、J2の9位という立場に甘んじているものの、Jリーグ初代王者をはじめ、これまで数々のタイトルを獲得し、日本だけではなくアジアのサッカー界をリードしてきた東京ヴェルディ(以下、東京V)。創設40年目を迎えるアジア屈指の名門クラブだが、同チームの存続騒動が起こったことは記憶に新しい。
「東京Vの経営は、1998年に読売新聞・よみうりランドが撤退した後、日本テレビが親会社となり、毎年の赤字を同社の"営業費用"という形で補てんすることによって成り立っていました。しかし、折からの不況の影響により、日本テレビは1社体制での経営を断念。昨年末から経営権の譲渡を含めた、パートナー企業の選定を進めていました」(スポーツ紙運動部記者)
一時は中田英寿が所属するプロダクション・サニーサイドアップやホリプロなどにも話を持ちかけていたようだが、交渉の末、リソー教育と元Jリーガーの斉藤浩史氏が専務を務めるゴム・プラスチック製品の製造販売を行う協同の2社に経営権を譲渡する方向で進んでいた。だが、「筆頭株主の座やクラブ運営の方針などをめぐり、両社の意見が対立し、頓挫」(同)した。
そんな中、今年9月、同チーム出身者らが出資し、7月に設立した東京ヴェルディホールディングス(以下、東京VHD)に日本テレビが保有するすべての東京V株式を譲渡することで合意。Jリーグも同月15日に理事会を開き、これを承認した。東京VHDへの譲渡金額はわずか500万円、結果、クラブ創設から40年間にわたって支えてきた読売新聞グループは、完全に東京Vと決別したことになる。だが、チームの存続は正式に決まったわけではなく、Jリーグはあくまでも株式譲渡を"条件"付きで承認したのみ。11月16日までに東京VHDが提出した事業計画書にもあるスポンサー料収入5億4000万円の確約を条件とした。
「10月にアドバイザーへの就任が決定した同チームOBの川勝良一(強化担当)、都並敏史(育成担当)の両氏は、顔が広く、彼らの人脈によってもスポンサーが集まりつつあったようです。11月2日に東京VHDは、鬼武健二チェアマンらJリーグ側に中間報告を行い、概ね了承を得られたそうです」(前出・記者)
さて、本誌発売時には東京Vの処遇は決定しているはずだが、そもそも、なぜ日本サッカーの礎を築いた東京Vはこうした状況に陥ってしまったのだろうか? そこには大企業病ともいうべき、ビッグクラブならではの病魔に冒されていた実態があった。
高額年俸選手のリストラや閑職ポジションの廃止
「今年17年目のシーズンを迎えた、Jリーグにおける東京Vの歩みを振り返ると、そこには光と影が混在していました。"光"というのは、空前のブームの中、Jリーグ創成期に三浦知良、ラモス瑠偉、北澤豪などのスター選手を擁し、常勝軍団を築き上げた過去。しかし、その一方で常に読売新聞グループ本社・渡邉恒雄会長とJリーグとの確執という"影"があったんです。欧南米の名門サッカークラブがそうであるように、企業色を排除して地域密着を目指すJリーグの理念に対して、読売新聞グループは東京Vをプロ野球の巨人のような全国区の人気チームに仕立て上げ、新聞購読の販促につなげたいという思惑を持っていました。そこで、『チーム名に企業名を入れるよう』にと強く主張、そのため、両者は激しく対立した。
さらに、98年にはフランスW杯本大会メンバーからカズと北澤(ともに当時ヴェルディ川崎に所属)が落選したことにより、Jリーグを主催する日本サッカー協会と読売新聞グループとの関係も悪化。その溝は、決して埋まることはありませんでした。そのため、いまだに東京Vのことを快く思っていないJリーグ幹部も少なくありません」(東京VHD関係者)
Jリーグは、財政難に苦しむクラブに対して、緊急融資を行う制度を設けている。これまでも05年にはザスパ草津に、昨年はFC岐阜に対して、それぞれ5000万円の融資を行っているのだが……。
「Jリーグは、昨年度の事業収入が過去最高となる128億4500万円に達したと発表したばかり。読売新聞グループが完全撤退し、資金力が大幅に低下していた東京Vにも融資を行ってもよかったはずです。しかし、『東京Vの凋落は自業自得。我々に従わなかったからであって、消滅しても当然だ』と辛辣な声を上げるJリーグ幹部もいたそうです。過去にいくら読売新聞グループとの対立があったにせよ東京Vが残してきた功績は大きく、日本のサッカー界の未来のためにも絶対に消滅させてはいけないクラブ。現在でも過去の遺恨を引きずり、近視眼的な狭い考え方しかできない幹部がいることは情けない限りですね」(Jリーグ関係者)
しかし、凋落の原因は決してそれだけではないと、前出の東京VHD関係者は眉をひそめる。
「Jリーグ草成期にクラブが興隆するとともに大きなお金が集まるようになり、組織も肥大化、自然と現場・フロントにも多くの人材が流入するようになりました。その中には、必要のない人材も少なくありませんでした。つまり、東京Vは、無能な閑職者が増え続けて、雪だるま式に人件費が増え続けるという大企業病に罹っていたのです。昨年度の東京Vの選手・チームスタッフの人件費は26億2200万円。これはJ1・J2のクラブの中でトップ。それにもかかわらず昨季、東京Vは再びJ2に降格した。こうした大企業病の兆候は、今年4月に藤口光紀氏(前・代表取締役社長)が退任(事実上の解任)した後、クラブ史上ワースト2位タイとなる7連敗を喫するなど、多数の日本代表クラスの選手を擁しながら低迷を続ける浦和レッズにも表れています」
そんな中、東京VHDの崔暢亮会長は、新生・東京Vの今後について、「身の丈経営を行う」と断言。
「約40億円だった年間運営費は10億円程度に縮小する見込み。そのため、元日本代表FWの大黒将志(推定年俸4000万円)やブラジル人選手・レアンドロ(推定年俸4億円 ※移籍金含む2年契約)などの高額年俸選手のリストラは必至。崔会長は総勢95人にも上る現職員のリストラはないと明言していますが、黒字化にするためには、やらざるを得ないでしょう。また、ホームスタジアムや練習場の見直しも、急務の課題として挙げられます」(前出の東京VHD関係者)
大企業病体質から脱却し、身の丈経営の実現を図ることは、Jリーグの理念でもある地域密着という企業色の排除にもつながっていくはずだ。
「こうした課題は、東京Vだけのものではありません。Jリーグに加盟するすべてのクラブに共通する大きな課題です。結局のところ、Jの大半のクラブは、東京Vが読売新聞グループの庇護下にあったように、親会社の支援なくしては存続が不可能な状況にあります。Jリーグがスタートしてから17年間、"地域密着"という言葉のみが独り歩きして企業色の排除を実現できていないのです。今後もしも景気の二番底が到来するとしたら、親会社の業績悪化が深刻な横浜F・マリノスや柏レイソルなどは、消滅の可能性が十分考えられます」(前出のJリーグ関係者)
スポンサーへの抗議でサポーターが入場禁止?
昨今の不況下において、各クラブにおいてもスポンサー企業離れが起こり始めているが、こうした社会情勢の変化により"地域密着"に回帰できるかと思いきや、皮肉にも企業依存を高めているケースもあると言う。
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「財政難により10月下旬にJリーグに2億円の緊急融資(前述したザスパ草津、FC岐阜同様)を申し出た大分トリニータも、スポンサー企業離れが深刻化し、存続さえも危ぶまれています。こうした中、8月末に大阪府の健康食品販売・フォーリーフジャパンと年間数億円にも上るスポンサー契約を締結したのですが、運営資金のメドはいまだ立っていないようです。しかも悪質なマルチ商法をしているという批判を受けた同社は、今年2月から8月までの6カ月間、経済産業省により特定商取引法違反により業務停止命令を受けていた、いわくつきの企業。それにもかかわらず、現在、大分のユニフォームの胸部分には"FOUR LEAF"の文字がプリントされています。そのため、9月13日に行われた対磐田戦で、大分サポーターらは横断幕を使った抗議を行ったのですが、クラブ側はそうしたサポーターに対してスタジアムへの無期限入場禁止処分を下したのです。クラブ存続のため、年間数億円を出資してくれるスポンサーは大切な存在。しかし、今回の一件は、あまりにもサポーターを軽視しています。
また、J2の試合を見ると、全身広告だらけのユニフォームを着用するチームも少なくありません。Jリーグは『チーム名に企業名を入れる』ことを断固認めない一方で、ユニフォームが広告だらけになるのは容認しています。この現状は、正直矛盾していると言わざるを得ない。もちろん、企業色の排除は容易なことではありません。しかし、断言できるのは、欧州や南米のリーグを見ても、一流と見なされているクラブは企業に愛されるクラブではなく、サポーターに愛されるクラブだということです」(サッカー誌・編集者)
先日、東京Vの相談役に就任した杉山茂氏も、かつての名門の凋落をこう憂いている。
「一部報道によるとスポンサー企業によってはホームを福島か岩手に移転するという情報も流れたようですが、そんなことは断じてあり得ない。お金を出してくれるスポンサー企業が声を掛けてくれているからと、ホームをコロコロと変えているようでは、これまでと同じ。いつまでたってもサポーターから愛されるクラブには到底なり得ません」
確かに、Jリーグ1部の清水エスパルスなどは"地域密着"型の経営戦略によって、自立経営を目指し、その努力は着実に実を結びつつある。しかし、大半のクラブは、スポンサー企業頼みの経営体質から脱却できていないのが現状だ。つまり、東京Vの衰退は、決して各クラブにとっても"対岸の火事"ではない。さらに、日本のスポーツ界の根底にある問題点を浮き彫りにしているのではないだろうか?
(文/大崎量平)