サイゾーpremium  > 連載  > 町山智浩の「映画でわかるアメリカがわかる」  > 都会の家族が挑んだ環境汚染ゼロ生活
連載
町山智浩の「映画がわかる アメリカがわかる」 第25回

都会の家族が挑んだ環境汚染ゼロ生活

+お気に入りに追加

【今月の映画】

0911_noimpactman.jpg
『ノー・インパクト・マン』
(原題:No Impact Man)

ニューヨーク在住の作家コリン・ビーヴァンによる、地球環境に影響を及ぼさない(ノー・インパクト)生活に密着したドキュメンタリー。妻と幼い娘を巻き込んだ、彼の1年に及ぶ山あり谷ありの「エコ生活」の末に見えたこととは……。
監督/ローラ・ギャバート、ジャスティン・シャイン 日本での公開は未定


 環境に一切、悪影響を与えないで生活できないか?自動車には乗らない。電気は使わない。ゴミは捨てない。

 NYはマンハッタンのレストランで、コリン・ビーヴァンは言った。43歳になるノンフィクション作家のビーヴァンは、自分のエージェント(アメリカでは作家もタレントのようにエージェントと契約する)と次回作のアイデアを練っていた。それは2007年の12月。マンハッタンは凍てつくように寒いはずなのに、なぜかポカポカと暖かく、道行く人は腕をまくっていた。

 これが噂の地球温暖化か?

 ビーヴァンはそれまで環境問題に興味がなかったが、ふと思いついて「僕が1年間、環境に影響をまったく与えずに生活して、それを本にするのは?」と口走った。エージェントはやる気なさそうに「環境問題のヒーローになるのか?スーパーマンみたいな?」と言った。ビーヴァンはひらめいた。

「ノー・インパクト・マンてのは?環境にインパクトを与えない男」

 ビーヴァンはノー・インパクト・マンとして1年間生活し、それをブログで発表、記録したビデオはドキュメンタリー映画にもなった。

 同じ実験をした人が160年前にもいた。ヘンリー・デヴィッド・ソローはメイン州の森で2年間自給自足の生活をした。その体験を書いた『森の生活』は古典だ。ただ、ビーヴァンは森で隠遁するわけじゃない。ニューヨークの真ん中でそれをやろうというのだ。

「人類の半分は都市部に住んでいる。都市部でどれだけエコライフが可能かを試すんだ」

 まず1日目、朝起きたビーヴァンは鼻をかもうとしてティッシュに手をのばした。「いかん!紙は森林資源の浪費だ!」。彼はハンカチで鼻をかんで、それを流しで洗った。次にトイレ。トイレットペーパーはどうする?うーん……。ビーヴァンはインド式を選んだ。手で拭いて手を洗う!

 そして外出。ビーヴァンはアパートの9階に住んでいた。でもエレベーターは使わない。ちょっとした用事で家を出入りするだけでも重労働だ。

 食べ物は産地が半径400キロ以内にあるものしか食べない。「スーパーで売られる野菜や肉はトラックや鉄道で何千キロも輸送される。大量の燃料を無駄にして」。でもファーマーズ・マーケットに行けば近所の農家で取れた野菜が買える。泥もついてるが発泡スチロールのトレイはついてこない。

 年間平均725キロにもなる一般家庭のゴミの2割が食料品のパッケージだ。

 でも、コーヒーやお茶はどうする?アメリカ国内では栽培していない。なら、もう飲まない!

 ただ、困ったことにビーヴァンには妻子がいた。妻ミッシェルは親に甘やかされて育ち、39歳で何も料理できないお嬢さんだった。しかもブランドものが大好きで、スターバックスなしには生きられない!それが夫の実験に無理やりつきあわされ、勤め先までキックボードで通わされる。ミッシェルのタンポンが1個ずつ透明な袋に入っているのを見たときもビーヴァンは「資源の無駄だ!」とブチ切れた。

 この都会のサバイバルごっこに大喜びなのは1歳になったばかりの一人娘イザベラちゃん。何しろ毎日がキャンプみたい。夜になれば電灯をつけずに蜂の巣から作った蝋燭を灯す。暑い日はクーラーをつけずに水遊びだし。

 もちろん失敗も多い。生ゴミを捨てずに土とミミズでコンポスト(堆肥)にしようとしたら、ハエが卵を産んじゃってハエだらけ。冷蔵庫をやめて、鉢と濡れた砂を使って水の蒸発で物を冷却しようとしたが、全然うまくいかずにミルクが腐って大騒ぎ。結局、クーラーボックスを使うことになる。中に入れる氷は? 隣の家の冷蔵庫から分けてもらうのだ(笑)。

 冬はもちろん暖房のスイッチを切る。でも、ビーヴァンのアパートはセントラルヒーティングなので、壁や床を通るパイプに部屋が暖められて心地よい。「こんなものでヌクヌクしてちゃダメだ!」とビーヴァンは窓を開け放って、部屋を冷やす。これってエネルギーの無駄、本末転倒じゃないの?

 この実験に対して「偽善的だ」という批判も多い。ビーヴァン自身書いているように「生き物はただ息をするだけで二酸化炭素を吐き出す。ノー・インパクトなんて不可能だ」からだ。実際、ビーヴァンは電気は止めたけど、ガスや水道はずっと使ってたしね。

 08年12月にビーヴァンの実験は終わったが、今もエアコンもテレビも皿洗い機も乾燥機も使っていないそうだ。「すごい節約になるんだよ」と言うビーヴァンのブログをハリウッドは映画化しようとしている。ノー・インパクト・マンを演じるのはウィル・スミス。『アイ・アム・レジェンド』でマンハッタンに1人取り残された男のサバイバルを演じ、『幸せのちから』でホームレスの証券マンを演じたからだろう。でも、ウィル・スミスは『アリ』のどしゃ降りに打たれるシーンで人工雨にミネラル・ウォーターを使わせたヘヴィ・インパクト・マンなんだけどな。


Recommended by logly
サイゾープレミアム

2024年11月号

サヨクおじさんが物申す 腐敗大国ニッポンの最新論点

NEWS SOURCE

サイゾーパブリシティ