大学病院内で次々と起きる殺人事件を、異色の厚生労働省キャリアと心療内科医のドタバタコンビが鮮やかに解決してみせる『チーム・バチスタの栄光』(宝島社)。
単行本・文庫本合わせて300万部を超えるベストセラーとなり、昨年、映画化されたことはよく知られている。
殺人事件の解明に欠かせない死因究明と遺体解剖をめぐるエピソードが実にわかりやすく作品中にちりばめられ、シリーズ化された『ナイチンゲールの沈黙』『ジェネラル・ルージュの凱旋』(同)も好評。作者・海堂尊氏の名は瞬く間に知られることになったわけだが、そんな人気作家が、医学界の重鎮から名誉棄損で訴えられている事実はあまり知られていない。
訴えているのは、深山正久・東京大学教授。遺体を解剖して臓器や細胞を検査し、病気の原因を突き止める病理学の権威で、「日本病理学会」の副理事長を務める重鎮である。
深山氏が昨年10月に起こした訴えなどによると、海堂氏は自身のブログ(日経メディカルブログ)の中で、解剖前の遺体にCT撮影を施し死因を判断する「死後画像診断」を推進する立場から、深山教授について批判。例えば、「Aiをめぐる生臭い話 Ai反対派の病理学会重鎮がAiの研究??」と題するエントリーでの発言が問題となっている(「Ai」は死後画像診断を意味す「Autopsy imaging」の略語)。
海堂氏は、「深山教授らはある学会の打ち合わせの席で『Aiなどというえたいの知れない概念を死亡時医学検索のベースに置くなどもってのほか。解剖が基本であり、これを揺るがすことはできない』と発言した」という伝聞情報を紹介。さらに「病理学会はHPに『解剖代わりに「Ai」を用いるのは時期尚早』と勉強不足のパブリックコメントを掲載しているが、これが深山教授たちの意思表明である」と指摘した。
このようなAi反対派の深山氏が、Ai推進派で知られる海堂氏ら千葉大学の研究者たちには一声もかけないで、「解剖を補助する画像診断研究」という厚生労働省の補助金研究を“受注”。
「Aiに関する業績がゼロの東大病理学教室・深山教授」がこうした研究を手がけていることは「他人の業績を横取りするような行為」と言い切り、厚労省と癒着していると非難した。
訴えた深山氏は、「内容は虚偽。取材を一切受けておらず、ずさんな手法は悪質で違法性が高い。公正な言論活動の枠を超えている」と憤る。一方の海堂氏は、深山教授が手がける厚労省の補助金研究はすでにほかの研究機関が取り上げているため新規性はなく、「解剖を偏重し、Aiに対して否定的な結論が示されている」などと反論、提訴は言論封殺が目的だと批判している(ブログを運営する日経BPなども提訴されている)。
「この訴訟が興味深いのは、『海堂尊』はあくまでペンネームで、その正体は、千葉大医学部出身、独立行政法人・放射線医学総合研究所重粒子医科学センター病院臨床検査室医長の『江澤英史』であることが暴露された点です」と話すのは司法クラブ記者。
「海堂氏はいわゆるAi学会を立ち上げた主要メンバーの1人で、拠点は千葉大。対立する深山氏は東大が根城です。この裁判は、大学間や学会内で起きている主導権争いの醜さを露呈しています。しかも面白いのは、海堂作品『医学のたまご』で深山教授をモデルにしたかのような人物が登場している点。つまり、海堂氏自身が見聞きした医学界のドロドロが、作品にそのまま持ち込まれているということが改めて明らかになったのです」
作品同様、スリルとサスペンス満載の法廷闘争の今後も見物だ。
(編集部)