レーベル『HEADZ』主宰、音楽評論家/佐々木 敦インタビュー
まず断らなければならないのですが、僕はフジロック以後のいわゆる夏フェスに一度も行ったことがありません。今、音楽フェスを楽しんでいる人は、音楽もあるだろうけど、その場にミュージシャンやほかの観客と居合わせている喜びがありますよね。個人的にそういう喜びを求める欲望が全然ないんです。また、僕が主宰するレーベル『HEADZ』がオーガナイズドするイベントには必ずコンセプトがあることと比較すると、フェスには話題性と集客に特化した場所だけがあると感じてしまう。
ただ、HEADZ所属のミュージシャンが音楽フェスに出演することは過去にありました。フジロックが典型的ですが、出演者にはランクがあり、巨額のギャラで招聘されることもあれば、レーベル側が金を出している場合もあるし、フェス側から呼ばれたのに交通費さえ出してくれないケースもある。それでも多くのアーティストはフェスに出たいのが本音ではないでしょうか。だからウチみたいな中小レーベルがアーティストのために自腹を切るのは、ある種の親心ともいえます。でも、僕はレーベル・オーナーとして、夏フェスに出演したことをアーティストのプロフィールに書きたいがために出すことにはまったく前向きではないし、お金を払わなければならないのであれば別に出しません。それはHEADZが音楽誌等に広告を出さないのと同じ考え方で、メリットがはっきり見えないのに業界の慣行としてやるのが嫌だからです。
それに、今は異常なほどフェスが増えました。97年にスマッシュの日高正博社長がフェス文化を根付かせる夢を実現すべくフジロックを始めましたが、あれが一応は成功するようになったため、ビジネスモデルとしてほかのイベント会社がフェスを踏襲しました。サマーソニックを主催するクリエイティブマンなんて完全にそうで、(同社の)清水直樹社長は昔、付き合いがありましたが、ビジネスマンとして超やり手です(笑)。
一方、日本のCDの売り上げは98年頃をピークに、現在まで下降してきました。ですがその十数年の間、業界は音楽好きを増やしてCDを買わせる努力をするよりも、単にビッグネームをダシにしてフェスに客を集める方向へ、ビジネスモデルの舵を切ったともいえるのではないでしょうか?
フェスがなければ音楽業界はさらに壊滅的になっていたのか、それがあったせいでほかの可能性が全部消されてしまったのか、なんともいえないところですが、音楽業界が斜陽と呼ばれるようになったプロセスと、フェスの隆盛はパラレルなので、その点でフェスが業界にとって本当にプラスなのか、考える余地はありますね。
また、音楽メディアの状況も話す必要があります。僕は「クロスビート」という音楽誌でライターとして連載をしていたことがありますが、毎年7月は締め切りが3週間ほど前倒しになるんです。それは編集部全員フェス取材に行くからなのですが、自分は行かないのになぜ原稿を早く上げなければならないのかと(笑)。ともあれ、そこまでしてフェス特集をやりたいのは、確実に売れるからです。基本的にレコード会社の広告で成立してきた音楽誌の構造自体が厳しい今、フェス特集で賄わざるを得ない。夏にフェスではなく、あえてほかの特集をやるなんて挑戦は難しい状況にあるので、今や音楽誌はフェス特集が定番になりました。そうすることでフェス側から情報をもらえることもありますからね。しかも柳の下のドジョウを7匹くらい見つけるのが日本の音楽業界なので、みんなと同じことをしたほうがまだしも売れる。その感じが僕は嫌なので、自分の音楽誌「ヒアホン」でフェス特集だけは絶対にしませんね。
それにしても近年のフェスのラインナップを見ると、ワケがわからないですよ。ゼロ年代の半ばから狂ったようにリユニオン(再結成)がありましたけど、「今回のみ」といううたい方でフェスがその機会を与えていますよね。でも、日本でしか再結成していないバンドはいくつあるのでしょう(笑)。イギリス人あたりに馬鹿にされているという現実でもありますよ。クーラ・シェイカーとかヴァーブとかね。
この10年余り、音楽業界がフェスに頼ってきたのは間違いないでしょう。が、音楽ソフト産業の代替案がほかにないから依存してきたともいえる。しかし、有名なアーティストを組み合わせてファンの足し算で集客が成立してきたフェスでさえ通用しなくなれば、業界的にはもう後がありません。音楽を置き去りにしたツケを、そろそろ払わされる気がします。有名な人は出ていなくても面白くて小さいイベントが多数あれば回避できるかもしれませんが、業界全体として、勝ち馬に乗るくらいの想像力しかなかったということなのです(談)。
佐々木 敦(ささき・あつし)
1964年生まれ。批評家。HEADZ代表。早稲田大学、武蔵野美術大学非常勤講師。近著に『絶対安全文芸批評』(INFAS)、『LINERNOTES』(青土社)があり、7月に『ニッポンの思想』(講談社現代新書)を刊行する。今年3月には音楽誌「ヒアホン」を創刊。