──日本を覆う出版不況を救えるのは、この方たちだけ !? 今上天皇のハゼ研究、美智子皇后の絵本は有名だけど、それだけじゃありません。やんごとなき方々の手による、"皇族本"ベストセラーをご覧あれ!!
どんな本でも、なにげない表現から著者の人柄が感じられたり、公の場で語られることのない心の内が行間から読み取れたりすることはあるものだ。もちろん、天皇・皇族の著書とてその例外ではない。それどころか、普段、情報が限られているだけに、皇室をよりよく知るための資料として、これほど貴重なものはないとさえいえる。
天皇・皇族の著書の多くは、刊行されるたびに話題となるため、10万部を超えるベストセラーになることも珍しくない。また、発行部数は少なくても、研究書や歴史的資料として高い価値を持つものもある。それでは、そうした"皇族本"は、これまでにいったい何冊ぐらい刊行されているのだろうか?
そこで、試みに今回、今上天皇と20歳以上の皇族、計18人の著書(共著・監修・編纂・翻訳等を含む)をリストアップしてみたところ、確認できただけで、実に60冊以上に上った。つまり、1人につき平均して3冊以上の本を上梓しているわけだ。
もちろん、書籍の体裁を取った一般刊行物に限らず、学術論文や雑誌への寄稿文などにまで範囲を広げれば、その数はさらに膨大なものとなる。ある程度の書店であれば、ほぼ間違いなく皇族の手になる活字に触れることができるはずだ。そのラインナップも思いのほか多彩で、エッセイ集から対談集、回顧録、料理本まで刊行されている。
天皇・皇族の著書と聞いて、たいていの人が真っ先に思い浮かべるのは、おそらく絵本と学術書の2ジャンルだろう。それもそのはず、前述のリストの冊数でいうと、絵本が約15冊、図鑑や学術書が約25冊と圧倒的に多く、合計して全体の約3分の2を占めている。いったい、その理由はなんなのか?
絵本に関しては、その答えは明白で、児童文学に精通する美智子皇后の影響がきわめて大きい(上段、および92〜93ページ参照)。それは、すべての皇族の絵本が、皇后の第1作目の絵本『はじめてのやまのぼり』(至光社、91年、上段参照)の刊行以降に出版されていることからも明らかだ。また、皇后が、聖心女子大学時代から、児童文学に高い関心を持っていたことや、子どもたちの情操教育の一環として、みずから絵本の読み聞かせをした逸話もつとに有名だ。要するに、皇后こそが、今日の「皇族といえば絵本」という伝統を生み出したのである。
一方、学術書、特に自然科学系書籍が多いのは、当然ながら、天皇・皇族が、大学等でこの種の分野を専攻するケースが多いためだ。では、そもそもなぜ自然科学分野を選択するのだろうか。確かなことはわからないが、立場上、政治学など社会に直接的な影響を及ぼす学問や、他者との競争の激しい学問を選びにくいからではないかといわれている。
それはさておき、天皇・皇族の著書がいかにして作られ、販売されているのかについても触れておこう。基本的には、天皇・皇族の著書であっても、書籍化の流れや流通ルート等は一般書籍と大差なく、企画の内容次第のようだ(93ページのカコミ記事参照)。ただし、前出の『はじめてのやまのぼり』や、正仁親王妃の翻訳した『せかいでいちばんおりこうないぬ』(国土社、96年)がそうだったように、著者が印税収入の一部、または全額を寄付したり、『テムズとともに─英国の二年間』(学習院教養新書、93年)のように、通常の出版流通ルートを通さなかったり、という特殊なケースも存在する。
ここまで、天皇・皇族の著書の概要を説明した。その全体像をある程度つかんでいただけただろうか? 天皇・皇族たちの各作品については、前ページ上段より、レビューを交えながら解説してみた。華麗なる"皇族本"の世界を存分に堪能していただきたい。
【1】地味な作業厭わぬ"理系研究者"
今上天皇
ハゼ亜目魚類の分類研究において、世界トップレベルとされる今上天皇。日本魚類学会の会員でもあり、いくつかの新種も発見している。宮内庁ホームページによると、皇太子時代の1963年以降、ハゼに関する31編の論文を発表し、『日本産魚類検索─全種の同定』(東海大学出版会、93年、ハゼ亜目魚類の項目を共同執筆)など、魚類関係の複数の著作も持つ。さらに、その関心は魚類にとどまらず、皇居にすむタヌキのフンを自ら採取、分析して、「皇居におけるタヌキの食性とその季節変動」(国立科学博物館研究報告A類【動物学】34巻2号、08年)という論文にまとめたこともある。いずれの研究も、人目を惹く派手さはないが、いかにも「地味な作業を苦にせず、丹念に積み重ねた成果」という感じだ。もちろん、素人ではその価値を判断できないので、あくまで印象にすぎないが、メディアを通して見る今上天皇のイメージと重なる。
一方、自然科学分野以外の著作は、『ともしび─皇太子同妃両殿下御歌集』(婦人画報社、86年)など数点のみ。思えば、昭和天皇は、海洋生物や植物の研究者として知られ、「理科系の人物」と評された。今上天皇も、その著作から判断する限り、同じタイプであるようだ。
『日本産魚類大図鑑』
編/益田一ほか 発行/東海大学出版会 発行年/84年 価格/4万2000円(図版と解説のセット) 42人の研究者らによる共著で、2分冊(図版と解説)の大型判。今上天皇は、約50ページにわたり、ハゼ亜目の項目の解説を共同執筆している。研究書なので、その内容は当然、地味かつハイレベル。「左右の腹鰭が棘の間を結ぶ膜蓋と最後軟条の間を結ぶ癒合膜の発達により結合し…」といった具合だ。
【2】気品あふれる"絵本作家"
美智子皇后
今上天皇とは対照的に、美智子皇后の著作は、絵本や歌集など、すべて人文系分野のものだ。特に児童文学への造詣は深く、5冊の児童文学関連書を出版している。『THE ANIMALS「どうぶつたち」』(まどみちお/詩、安野光雅/絵、すえもりブックス、92年)ほか1冊では、詩の選定と英訳という難作業を手がけているが、素人目にも、素直でリズム感のある良訳だ。
皇后の著作から共通して感じるのは、書き手の気品とゆかしさだ。皇后の詠んだ和歌をまとめた『瀬音──皇后陛下御歌集』(大東出版社、97年)のタイトルになった、「わが君のみ車にそふ秋川の瀬音を清みともなはれゆく」などは、それを象徴する一首ではないだろうか。
『はじめてのやまのぼり』
絵/武田和子 発行/至光社 発行年/91年 価格/1155円 75年夏に一家で登山をしたときのエピソードをもとにした創作童話で、自ら文を手がけている。主人公の少女とその兄の絵のモデルは、紀宮清子内親王と浩宮徳仁親王(ともに当時)。確かにそっくりである。1万部でヒットとされる絵本の世界において、本作は、発行から1年弱で約9万部を売り上げた。
【3】クールな文体にあふれるユーモア
皇太子ご夫妻
皇太子の著作は下記の1冊のみだが、「岳人」(東京新聞社、97年6月号)などの山岳雑誌に、エッセイや写真をたびたび寄稿。どれも淡々とした筆致ながら、所々に人間味あふれるエピソードが盛り込まれており、書き手のユーモアに富んだ人柄が偲ばれる。それらを読むと、祖父や父、弟妹が自然科学の分野を選んだのに対し、ひとり人文科学(史学)の道に進んだ理由も、なんとなくわかるような気がしてくるから不思議だ。
他方、雅子妃に著作はないが、85年に執筆したハーバード大学経済学部の卒業論文【註】は高評価を得て、同大学の優等賞を受賞したという。これまた、雅子妃の有能ぶりを端的に示すものといえるだろう。
【註】「External Adjustment to Import Price Shocks: Oil in Japanese Trade」(輸入価格ショックに対する対外調整:日本の貿易における石油)
『テムズとともに―英国の二年間』
発行/学習院教養新書 発行年/93年 頒価/600円 皇太子の英国留学記にして唯一の著作。ジーンズ姿を理由にディスコへの入店を拒否された逸話などが時折挿入されていて、クールな文体とのギャップが楽しい。当初は非売品だったが、販売の要望が殺到したため、「頒布」という形で一部書店で入手可能に(現在は頒布されていない)。3カ月で15万部を発行したという。
【4】夫妻"共作"のニワトリ本
秋篠宮ご夫妻
かつてはナマズの研究で有名で、ナマズをモチーフにした婚約指輪も話題になった秋篠宮だが、90年代以降は家禽類の研究に傾注し、96年には博士号も授与された。著作も鳥類関係一色で、今年に入ってからも『日本の家畜・家禽』(学研)を上梓しており、自然科学好きな皇室の伝統をしっかりと受け継いでいるようだ。
一方の紀子妃は、美智子皇后から始まったとされる「皇室といえば絵本」の伝統を"継承"し、海外の絵本『ちきゅうのなかまたち』シリーズ(ビッキー・イーガン/文、ダニエラ・デ・ルカ/絵、新樹社、07年)の構成と翻訳を手がけたほか、悠仁親王への読み聞かせにも熱心であると伝えられる。書き手としての秋篠宮夫妻は、まさに現代皇室の"正統派"といえよう。
『欧州家禽図鑑』
発行/平凡社 発行年/94年 価格/5301円 秋篠宮の共著で、家禽類(ニワトリやアヒル等)の品種などを解説した1冊。各国のニワトリ文化(神事や闘鶏等)などを解説する中で、ニワトリをはじめとする生物全般への愛をにじませている。ニワトリを細密に描いた、秋篠宮妃作の扉口絵は一見の価値あり。
【5】"ヒゲの殿下"は皇室エッセイスト
三笠宮ご一家
皇室随一の多作を誇る三笠宮家。ところが、歴史学者の三笠宮崇仁親王は『わが歴史研究の七十年』(学生社、08年)などほぼ学術書オンリー、"皇室のスポークスマン"を自任する寬仁親王は対談集やエッセイ集、その妃の信子妃は料理本と、ジャンルは見事なまでにバラバラ。古来、新田次郎一家(妻・藤原てい、子・藤原正彦、藤原咲子)のような「文筆家親子」は珍しくないが、ここまで興味対象の異なるケースは、さすがに稀だろう。
なお、寬仁親王の第一女子・彬子女王は、父をして「彬子はほんとうに優秀」(『皇族の「公」と「私」』、93ページ参照)といわしめたほどの日本美術史研究者で、現在、英オックスフォード大学大学院博士課程に在籍中。その学究肌は、「断トツで文句の付けようのない優等生だった」(同)という祖父譲りか。
『わが歴史研究の七十年』
発行/学生社 発行年/08年 価格/1万2600円 約70年間、旧約聖書や古代オリエント史の研究に打ち込んだ三笠宮崇仁親王が、自らの足跡を綴った1冊。皇族という立場で、研究の世界にのめり込むことへの苦悩や葛藤なども記されており、皇室そのものについて考える上でも興味深い。
【6】スポーツから赤裸々日記まで
高円宮ご一家
スポーツを筆頭に、バレエや写真、骨董収集など、多趣味で知られた高円宮憲仁親王(1954~2002年、写真上の左)は、その人となりにピッタリの著作を多数残した。その妃で3児の母でもある久子妃(同右)は、『氷山ルリの大航海』(飛鳥童/絵、講談社、98年)など、2冊の絵本を著している。その第一女子・承子女王(写真下)には、今のところ著作はない。07年に話題をさらった、本人のものとされるミクシィ上の"赤裸々な日記"を除けばだが……。
【7】伝統に従い随筆&回想録を
秩父宮妃&高松宮妃
秩父宮雍仁親王と高松宮宣仁親王は、ともに今上天皇の叔父に当たる人物。そのおのおのの妃、雍仁親王妃(1909~95年、写真左)は『銀のボンボニエール』(主婦の友社、91年)、宣仁親王妃(1911~2004年、同右)は『菊と葵のものがたり』(中央公論社、98年)と、ともに数冊の随筆や回想録を残している。「皇室といえば絵本」という伝統の成立以前は、「皇室といえば随筆・回想録」だったのである。
【8】鳥類の専門家としてつとに有名
黒田清子(旧名:紀宮清子内親王)
結婚により05年に皇籍を離れたが、内親王時代に、『日本動物大百科 第4巻(鳥類Ⅱ)』(平凡社、97年)や『皇居・吹上御苑の生き物』(世界文化社、01年)などにおいて、カワセミの項を執筆している。結婚後も鳥類の調査・研究は続けていると伝えられ、「女性自身」(08年5月6日号)によれば、"バードウォッチング・ガイド"の出版を目指しているという。皇室で培われた「自然科学好き」は、今でも変わりないようだ。