──80年代半ば、男子バレーボール人気を牽引した川合俊一。引退後はビーチバレー選手として活躍し、現在では、日本ビーチバレー連盟の会長として競技の普及に注力している。そんな川合氏に、ビーチバレーの魅力と問題点を聞いた。
──全日本男子バレーボールではキャプテンを努め、バレー人気を牽引してきた川合さんが引退後、ビーチバレーに転向したのはなぜですか?
川合 90年に富士フイルムを退社し、バレーボール選手としてのキャリアに終止符を打ちましたが、そのときはもう腰とひざがボロボロ。ケガを治しながら、現役を続行したいという思いはありましたが、チームの方針などによってかないませんでした。しかし、ありがたいことに、スポーツ番組のキャスターやCM出演のオファーが殺到。ですが、いきなり芸能活動を始めることに抵抗があり、丁重に断り続けていました。それでも次から次へとオファーが来てしまう。この状況を回避するため、ケガの静養も兼ねてカリフォルニアに渡米したんです。そんなある日、遊びに来ていた後輩と、70代と40代のペアとビーチバレーをやる機会がありました。こっちは先月まで全日本の代表選手、「相手になるかな?」と思いながらコートに立つと、思った通り相手ペアはどちらもろくにジャンプはできないし、走れない。にもかかわらず、巧みな技術によって、コテンパンにやられたんです。以降、「ビーチバレーの奥深さ」に魅せられ、毎日のようにビーチに通うようになりました。さらに、砂地でプレイをするので筋肉疲労は凄まじいのですが、関節には負担が少ないため、肉体的にも当時の私にピッタリでしたね。
──その後、川合さんを中心とした地道な普及活動によって、国内においてもビーチバレーは広く浸透しました。浅尾美和さんのブームを生み出したのも川合さんですよね?
川合 ビーチバレーという競技を多くの人たちに知ってもらうには、大会の結果がスポーツ紙やテレビで報じられるなど、メディアに取り上げられることが重要です。その課題を達成するためには、どうしてもスター性のある選手が必要でした。そこで浅尾美和という選手を発掘し、育て上げてきた。その結果、ビーチバレーの認知度は飛躍的に向上しましたね。
──しかし、写真週刊誌などでは、男性目線の写真が掲載され、結果、盗撮騒動なども起こっています。
川合 浅尾への反響は、我々の予想をはるかに上回るものだった。浅尾人気は、あらゆるところに飛び火し、週刊誌や男性誌によるお宝写真公開など、競技から大きく逸脱した報道につながったことも認めざるを得ません。その結果、競技の注目度は飛躍的にあがったので、痛し痒しという側面もあるのですが。
──さらに、最近はバレーボール日本代表の木村沙織選手(東レ)や狩野舞子選手(久光製薬)にビーチ転向の"ラブコール"を送り、話題となる一方、批判的な声もありましたが......。
川合 ビーチバレーのPRのために木村選手や狩野選手の名前を利用したと言う人もいるけど、それは大きな勘違い(苦笑)。ビーチバレー界には浅尾や菅山かおるもいるので、いまさら世間を煽るような発言をしても仕方がない。僕は現在、日本バレーボール協会の事業本部員(非常勤、マーケティング担当)でもあるんです。そのためバレーボールも盛り上げていきたいという思いがある。くだんの発言がスポーツ紙に掲載されたのは、「黒鷲旗 全日本男女選抜バレーボール大会」が開催中の時期でした。この大会は、国内バレーボール大会の中でも最高峰のビッグタイトル。それにもかかわらず、ほとんど報道がされないという悲惨な状況(苦笑)。そこで、僕がスポーツ紙の記者に「木村選手や狩野選手はビーチバレーに向いている」とコメントしたら、そこが「ラブコール」と書かれた。世間の注目が彼女らが出場している黒鷲旗に集まるはずだと考え、バレーボール界のために良かれと思ってのことですが、裏目に出てしまったようですね。
──一方、不況の影響で、休・廃部を余儀なくされているのが実業団スポーツの実情です。先日も、武富士の女子バレーボール部が廃部を決定。こうした中、先月、川合さんはメディアを通して、企業に「ビーチバレー部創設」を提言しました。
川合 企業にとって、実業団スポーツの目的は自社のイメージアップなど、広告宣伝という側面が大きい。しかし、バレーボールをはじめとしたスポーツの運営費は、年間数億円かかってしまう。それに対してビーチバレーは、2人の選手とコーチ・トレーナーの計4人もいればチームとして成立し、その運営費は年間8000万円もあれば十分でしょう。しかもビーチバレー、特に女子は、ほかの実業団スポーツに比べてもテレビやスポーツ紙、週刊誌などのメディアの注目もある。実際、週刊誌では、選手の水着のバックプリントを狙っているショットも多いですし(笑)。それらを広告メディアと捉えると、費用対効果の高い競技だと言えます。日本ビーチバレー連盟の立場からしても、企業がビーチバレー部を創設してくれたら、競技人口の底上げや活性化につながると思っています。
──さらに、競技の底上げという点では、ジュニア層の競技人口拡大も明言していますね。
川合 これは特に重要な課題です。すでに高校生の全国大会(「全日本ビーチバレージュニア男子選手権」「マドンナカップ ビーチバレージャパン女子ジュニア選手権大会」)は毎年開催されているのですが、まずは環境整備が必要不可欠。92年に神奈川県平塚市に国内初の常設コートが設置され、今年7月にも川崎市に2面コートが新たにオープン。さらに、東京都にも要請を行い、検討がなされています。このように全国各地において常設コートは増えつつありますが、まだまだ十分とは言えません。さらに、指導者の育成も大切で、日本ビーチバレー連盟では、定期的に指導者講習会を開催するなどしています。
──さて、スポーツファンとしては、2012年のロンドン五輪も気になるところ。ズバリ、男女ともに出場&メダル獲得の期待度はいかがでしょうか?
川合 国内選手のレベルが上がり、特に男子は期待が持てますね。実は、男女ともにビーチバレー選手のピークは30歳を越えてからなんです。そのため、北京五輪で好成績を収めた朝日健太郎(33)・白鳥勝浩(32)ペアは、北京以上の成績が望め、メダル獲得も夢ではありません。一方の女子は、残念ながら世界のトップと互角に渡り合える選手はいないのが現状です。先月末に開催されたワールドツアー女子韓国オープンにおいても、出場した国内チームはいずれも予選敗退。女子に関しては、五輪出場はあっても上位進出は厳しいでしょう。
そんな中、ビーチバレー界の期待の新星が18歳の溝江明香。現在、菅山と組んでいますが、今後頭角を現すのは必至です。また、菅山も日を重ねるごとに着実にレベルアップしています。
──最後に、今後のビジョンについて教えてください。
川合 ビーチバレーは、砂浜をコートに太陽の下でプレーする "エコ・スポーツ"。連盟では「海辺を守ろう!運動」をスローガンに、競技の普及に務めています。一方、メディアに取り上げてもらうための話題づくりも欠かせません。確かに、バレーボールのように、ジャニーズのタレントを呼ぶやり方もあるでしょうが、ビーチバレーにはそもそもそんなお金はありません(苦笑)。ですが、普及活動を始めて約20年、試行錯誤の連続でしたが、確かな手応えは感じており、ファンの皆さんには、これからも気長に長い目で温かく見守ってもらえれば幸いです。
川合俊一(かわい・しゅんいち)
1963年2月3日新潟県生まれ。日体大時代から全日本バレー代表入りし、その後、全日本の主将を務める。ロサンゼルス・ソウル五輪に連続出場。現役引退後はタレントに転身し、日本人初のプロビーチバレーボーラーとしてアメリカのツアートーナメントに出場。現在は日本ビーチバレー連盟会長も務める。