引き揚げ後、国宝級の財宝は海域を所管する国へ無償譲渡し、それ以外を同国と折半するのが通例。それでも数百億円の利益が残る案件だけを手がける。(写真提供/RST社)
今年初めにその計画が報じられた「戦艦大和引き揚げ構想」。東シナ海に眠る戦艦大和の船体を、建造地である広島県呉市の経済界が「町おこし」の一環で引き揚げようというものだが、現在、世界では、過去に海底に沈んだ沈没船(と、そこに眠る財宝)の引き揚げ・換金をビジネスとする企業や国家プロジェクトが存在するという。ハイリスクながらも夢とロマンあふれる、「サルベージ(引き揚げ)・ビジネス」とは──。
宝探しといえば、男なら誰でも一度は夢見るロマンの世界。一方でこうした世界は、あくまでマンガや映画の中の話というのが一般的な認識だ。たとえば、徳川埋蔵金騒動も、ここ数年はさっぱり耳にしなくなり、冷静な歴史家や学者の間では「埋蔵金など最初からなかった」という考え方が当たり前になってきている。
ところが、こうした非現実的に思える宝探しが、実は世界中でビジネスとして日常的に行われているのをご存じだろうか?数百年前に沈んだ沈没船を海底からサルベージ(引き揚げ)し、出てきた財宝を莫大なお金に換金するトレジャーハンターたちは、世界中に存在するのだ。夢とロマンと、ちょっと怪しげな雰囲気さえ漂うサルベージ業界とはどんな世界なのだろうか?
沈没船から見つかった17世紀の銀貨。(写真提供/RST社)
海底の宝探しは、俗に「10億円投資して100億円儲ける」といわれるほどの桁違いな世界だ。初期投資も小さくない代わりに、成功した場合に得られる報酬もハンパな額ではない。
サルベージ・ビジネスを専門に展開している米海底探査会社「オデッセイ・マリン・エクスプロレーション」は2007年5月、ポルトガル沖に沈む難破船から大量の財宝を発見した。
この船は、1804年10月に英国軍艦の攻撃により沈没したとされるスペインの帆船、ヌエストラ・セニョーラ・デ・ラス・メルセデス号。200年以上海底で眠っていた伝説の船から発見された銀貨50万枚と金製品数百点などのお宝17トンの価値は、当時としてはサルベージ史上最大規模となる3億7000万ユーロ(約624億円)。このニュースは、各国へ配信されて世界中の耳目を集めることとなった。
ところがその約半年後、「史上最大規模」の記録は、中国によりあっけなく破られることになる。国家的なプロジェクトとして財宝の引き揚げを積極的に行っている中国では、07年12月に中国広東省陽江市沖で、約800年前の南宋時代に沈没した貿易商船「南海一号」の引き揚げに成功したのだ。
中国がこれに費やした費用は3億元(約46億4000万円)。発見された財宝は、金箔を張ったブレスレットやベルトなど当時の装飾品や、世界中の陶器へ影響を与えたといわれる景徳鎮の陶磁器など約1万点にも上る。その換算価格は日本円にして約12~20兆円(中国メディアの報道では30兆円)。最も低く見積もった場合でも、史上最大規模のサルベージ案件であることは間違いないとされている。
また、この南海一号の存在は、古代の海上シルクロードの詳細を知る重要な歴史遺産として、世界中の研究家からも熱い注目を集めているのだ。
こうした流れの中で、国内でも広島県呉市で、東シナ海に沈没した戦艦大和を町おこしや文化事業として引き揚げる構想が、地元経済界から起こっている。
大和は、第二次大戦中に大日本帝国海軍が呉市の造船ドックで建造した史上最大の戦艦である。1945年4月7日、米軍航空機による猛攻撃を受け、坊ノ岬の西方沖約200kmで撃沈された。全長263mの船体はいくつにも分断されているとはいえ、水深約350mに沈む巨大戦艦を、まるごと引き揚げることは事実上不可能なため、計画では、主砲や船体前部など、大和の特色が特に強く出ている部分を引き揚げる構想だ。
「大和」が日の目を見る? ネックは引き揚げ資金
大和の潜水調査については、過去にも地元の呉市海事歴史科学館(通称「大和ミュージアム」、戸高一成館長)により85年と99年の2回行われている。この時は民放テレビ局が潜水取材を敢行し、艦内での意思伝達に使われた伝声管や、隊員が使用したラッパ、食器などが多数回収され、その模様がテレビ放送されて話題となった。その後も追跡調査の構想は常にあったものの、船体本体にかかわる引き揚げ計画はこれが初めてとなる。
あの大和を海底から引き揚げる??考えるだけでわくわくするニュースではあるが、先立つものは莫大な資金だ。報道によれば、費用総額は数十億円規模とされているが、その内訳についても「まだ概算レベル。見積もりといえる段階ではありません」(呉市商工会議所)という。資金調達の方法についても、「今春中にも実行委員会を立ち上げて、全国へ募金を呼びかけたい」(同)としているが、具体化までには課題が多そうだ。
実行委員会設立に先立って1月に開かれた準備委員会には、呉市の職員もオブザーバーとして出席しているが、自治体として予算化することについては「財政難の時代に難しいことは事実。現時点では約束できる段階にはない」(同市観光課)としており、今後は地元経済界による資金集め策が注目されそうだ。
前述した通り、サルベージ・ビジネスに莫大な額の投資が不可欠であることは間違いなさそうだが、それでは具体的に、何にどれくらいの費用が計上されているのだろうか?主に大航海時代のスペイン帝国などによる歴史的沈没船を専門に引き揚げている国内サルベージ企業「株式会社RST」(山本健二社長、本社・東京都港区)に、詳しい事情を聞いてみた。
引き揚げにかかる費用は、「沈没船の沈んでいる位置が水深10mか500mか、作業する海域の天候が穏やかか否か、現地法人を設置する国の治安が良いか悪いかなど、さまざまな条件により億単位で変わる」(山本社長)というのが大前提になってくる。
例えば、水深が深い場合は引き揚げのために大型船舶や同じく大型の作業台船が使用され、ダイバーが使う酸素ボンベも大量に必要となるが、浅ければそれらが不必要となったり、ボンベの量も少なくて済む。また、海底の沈没船がしっかり露出していれば作業は比較的楽に進むが、沈没船の上に厚い砂の層が数メートルもかぶさっていることもある。こうなると通常の金属探知機で探し出すことは困難になるため、米航空宇宙局(NASA)が使用している特殊な探知機を高額でリースする必要があり、これだけで別途数千万円の費用がかかってしまうという。
このように現場の細かい状況や運にも左右されて費用が大きく異なってくるため、一般的な費用という概念でくくりにくいようだ。そんな中、「おそらくサルベージ事業としては最も安く済みそうな案件のひとつ」(同)という、同社が現在手がけているフロリダ州ケープカナベラル沖およびバハマ領内海域の現場を例に、作業内容と、それにかかる費用をピックアップしてもらうことにした。
ちなみに、RST社はこのプロジェクトにおける基礎調査を半年ほど前から継続して行っており、5月15日頃から本格引き揚げ作業が開始されることが決まっている。引き揚げに先立ち4月22日には、スペイン国内において同国政府関係者とRST社との会見も行われ、プロジェクトの一連の動きはNHKが密着取材を開始している。
魑魅魍魎が蠢く世界 コイン1枚が1億円にも
サルベージを行ううえで最初にすべき仕事について、山本社長は「その海域で合法的に引き揚げ作業を行うための権利及び許可を、関係国と交渉のうえ取得することです」と説明する。それにより浮かび上がってくる利害関係のポイントは、①引き揚げを行う会社(国)②沈没船の所有者(国)③引き揚げ作業を行う海域、の3点。前述の「南海一号」の事例では、①「中国」が、②「中国籍の船」を、③「中国海域」で引き揚げたためにスムーズに事が運んだが、仮にこれが外国船であったなら、所有権は複雑となっただろう。
また、作業をする現場が公海上でない特定国の海域なら、当然その国も権利主張に参戦してくる。実際、一例目に挙げた米海底探査会社・オデッセイ社(以下、オ社)によるスペイン船引き揚げについては、財宝が民間の商船ではなくスペイン軍の船から発見されたこと、さらに作業現場がスペイン領海内だったとして(オ社は「公海上だった」と主張)、財宝の所有権はスペインに帰属するという申し立てを、同国政府がフロリダ州連邦地方裁判所に提起。スペイン政府はその後米政府に対し、考古学的遺産を積んだ同国の難破船に対して国家主権を保護するよう要請するなど、民間会社によるサルベージ・ビジネスは国家間の問題にまで発展している。
海洋考古学や海底発掘のノウハウを知り尽くした熟練ダイバーだけが長期間にわたり採用される。それだけにコストも莫大だ。(写真提供/RST社)
裁判は継続中だが、連邦地裁はオ社の家宅捜索を命じるなど、事実関係の究明に厳しい態度で挑んでおり、関係筋によればオ社の勝ち目は薄いという見方が一般的だ。それどころかオ社は、まだ係争中であるにもかかわらず、今回引き揚げた財宝の一部をすでに換金し、莫大な裁判費用に充当しているとの情報もあり、今後敗訴が確定した時点で財宝がどれだけ残っているかが心配される事態となっている。
「こうした事態を避けるためにも、作業を行う前に、現地の腕利き弁護士を雇用し、関係国との間で、作業を行なう権利や引き揚げた場合の分配率などを綿密に話し合い、これに基づく複雑な契約をしっかり結ぶ必要があるのです」と山本社長は話す。ちなみに分配率は、国宝級の財宝は関係国へ無償提供し、残った財宝をその国と折半するのが通例だそうだ。
如才ない悪徳弁護士やアンダーテーブル(賄賂)を求める現地役人に、金だけ吸い取られるという事態も珍しくない魑魅魍魎が蠢く世界。こうした費用に5000~6000万円かかることもあり、実際に「2億円かかった事例もある」とのこと。オ社がリスクを負ってまで法的手続きを無視した事実は、時間とコストと高度な専門性が求められるこの作業が、それほど面倒な仕事であるという証左ともいえるだろう。
契約を交わして権利を取得した後、現地法人を設置し、そこを基地として調査が開始される。RST社の今回の現場では、「セブン・シーズサーチ&サルベージ」という現地法人を設置し、約半年前から現地スタッフを常駐させている。5月中には、1~2名の邦人スタッフを出向させる予定だ。
現地スタッフの大まかな内訳は、サルベージを行うための膨大な情報とノウハウを持つ世界的な海洋考古学者や専門家、複数の潜水調査専門ダイバー、さらには清掃員や料理人など。山本社長によれば、こうしたスタッフをこれまで半年間雇用してきた人件費と、前述の弁護士費用に約1200万円、現地法人の設置には300万円、調査費用に1600万円ほど投資しているという。
「それでも今回は安く済んだほうです。中南米など治安の不安定な国ではセキュリティにも多額の費用がかかります。ある国では自動小銃で武装した10名程度からなる私設軍隊並みの組織で、現地法人を警護しましたから、これの何倍もの費用がかかりました」
引き揚げ作業に入る前に、そのサルベージ案件が事業として採算が取れるかどうかを調べる作業も必要となる。例えば沈没船の存在が確認できたとしても、発見された財宝の価値が低かったり、イリーガルなトレジャーハンターたちに盗掘されていたりする可能性もある。また、自然現象で流出してしまっていることもあるという。それらを調べるための潜水調査に、専門のダイバーらを6カ月間雇用するなどして、前述の調査費用とは別に3000万円が費やされた。
調査や引き揚げ作業には最新の機器も必要となり、当然これらのリース料も莫大な金額となる。実は今回の現場では、機器のリース及び購入費用に最も多くの予算が計上されている。引き揚げ作業に必要な一般的な機器といえば、マグネット・メーター、サイドスキャン水中音波探知機、GPS、音波地層探知器、金属探知器、遠隔無人操作潜水艦、地理情報ソフトなどが挙げられるが、これ以外にも機器を設置する大型の台船や船舶も、現場によっては必要となる。今回はこれらすべてを使用したわけではないが、それでも必要となる機器のリースや購入費用に3億円を支出している。
そしてついに、この5月から本格引き揚げ作業が始まったわけだが、今後の見通しとして「月2000~3000万円かかる見込み。仮に半年ほどで作業が完了すると仮定して、1億2000万~1億8000万円はかかるでしょう」とのこと。これらをトータルすると、軽く5億円を超えることがわかる。より水深が深い現場や治安の悪い海域、自然現象が厳しい場合には、さらにこの10倍以上かかることも珍しくない。
無事引き揚げが完了し、関係諸国と分配した後に獲得したお宝はオークションなどで換金される。コインの売買価格は保存状態や製造時期、製造場所などによりさまざまだが、銀貨の場合は1枚数百ドルから4000ドル(約40万円)前後、場合によってはコイン1枚に1億円の値がつくことも。ちなみに今回のお宝の見込み額は「調査結果によると、50億~500億円」。まさに宝探しだ。
莫大な投資により実現するサルベージ・ビジネスだが、資金調達の方法は各企業によりさまざまだ。RST社の場合は、文化遺産サルベージファンドを創設し、主に個人投資家を対象に出資を募る方法を取っている。いわばサルベージ事業の証券化で、引き揚げられた財宝の売却により得られた利益が配当の原資となる仕組みだ。
大航海時代のお宝が、数百年という時を超え、海底に眠る財宝として現代人の前に現れたと考えれば、なんとも夢のある話ではある。
(後編に続く)