会場の外においても繰り広げられた狂乱のヲタ芸(04年頃)。このような風景も、今では珍しくなった。
──アキバ系ブームで「ヲタ芸」がメディアでおもしろおかしく報じられたのも今は昔、ヲタ芸はさらなる進化と細分化を遂げていた。ハロプロ系、AKB48系、声優系、地下アイドル系の4ジャンルに分け、その不思議なダンスの神髄に迫る!!
『電車男』などに端を発する2005年前後のアキバブームの中、メディアでおもしろおかしく取り上げられた「ヲタ芸」。モーニング娘。ファンを中心とするアイドルヲタクたちがライブで踊る奇怪なダンス「ヲタク芸」の略語であり「OAD」「ロマンス」といったナゾのネーミングとも相まって、彼らのイメージを異様で異質な存在へと固定化するに至った。
しかし、実は現在のアイドルライブにおいて、これらのベタなヲタ芸行為を目にすることは、ほとんどない。ところが、制作サイドによる禁止がその理由というわけではないようだ。
「ヲタ芸は、ファンの盛り上がりを示すひとつのアイコンと認識していて、周囲の迷惑にならなければ構わないとは思っているんですけどね」(レコード会社社員)
昨年5月に声優系歌姫の榊原ゆいが、「迷惑行為」だとしてブログ上でヲタ芸禁止を宣言したことが話題になったが、「サイリウム(蛍光塗料入りの棒)を投げたり、ひどい野次が飛び交ったことが原因と聞いています」(同)と、運営側からも、いわゆるステロタイプなヲタ芸に対して強い否定の声はない。では一体なぜ、ヲタ芸は絶滅の危機に瀕してしまったのだろうか?
例えば、ヲタ芸という名称を生み出し、長らくその象徴ともなっていたハロプロ系アイドルの現場では、いまや、多くのファンが「振りコピ」(ダンスの振り真似)をしているし、AKB48の常設劇場(東京・秋葉原)では、座席の大半が立ち見禁止であるため、そもそも派手な動きはできない。つまり、これらのメジャー系アイドルに関しては、握手会やCD発売イベントなどコアなファン向けのビジネスが中心となってきており、ヲタ芸に代表されるド派手なお祭り的応援スタイルは失われつつあるのだ。
そうした状況の中、メジャー系アイドルの現場からはじき出された古き良きヲタ芸愛好家たちがたどり着く駆け込み寺になっているのが、東京・秋葉原の「Dear Stage」というメイドカフェ兼ライブハウスである。ここでは、半ばアイドル化したメイドたちのライブを前に、ヲタ芸に特化したパフォーマンスが毎夜繰り広げられ、「サンダースネイク」【ロマンスの予備動作。74ページ参照】などの新たな「技」が日々研鑽されている。つまり、アンダーグラウンドな場所では、ヲタ芸文化のハードコア化が進んでいるのだ。
ほかにも、地下アイドルを中心としたライブ現場の応援スタイルに、「MIX」がある。これは、主に歌い出しの8小節前から、語呂合わせ的な文字の羅列を叫ぶ掛け声で、初期AKB48の現場に古参の地下アイドルファンが持ち込んで知名度を一気に高めたヲタ芸。しかし、これに対しても、「あれはヲタ芸じゃない」「ハロプロの現場でやるな」「MIXがダメならPPPHだって邪魔だろ」などと、喧々諤々の意見が飛び交っている。つまり、今やヲタ芸は細分化&複雑化を遂げ、もはやカオス状態となっているのである。そこで、現在の代表的なアイドルジャンルを4つに分け、それぞれの応援スタイルを広義のヲタ芸とし、紹介してみた。多少の独断と偏見はご容赦いただきたいが、これが、今のアイドルライブ現場の〝リアル〟なのである。
(エリンギ)
代表的4ジャンルのアイドルライブ現場の応援スタイルを、マニアックに徹底解説!!
【ハロプロ系】
振りコピに、メジャーのプライドが炸裂
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ヲタ芸の代名詞だったハロプロのコンサートだが、03~04年をピークに、会場での応援スタイルは徐々に「振りコピ」に。この背景には、当時小中学生ユニットだったBerryz工房や°C-uteらの台頭があり、子どもたちが踊るキャッチーな振りが真似しやすかったという理由がある。そんな振りコピ全盛の現在だが、今年1月31日と2月1日に横浜アリーナで行われたエルダークラブ卒業公演において、藤本美貴がかの名曲「ロマンティック浮かれモード」を歌った際には、これで最後といわんばかりに全力でヲタ芸を打つファンの姿が見られたという。
MIXに対しては否定的で、MIXのあるほかのアイドル現場を「地下」と切り捨てることで、メジャーアイドルのヲタであるプライドを誇っている。
【AKB48系】
"ゆとり"の増加で、世代間闘争勃発
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初期には、常設劇場でも通常のヲタ芸や着席ヲタ芸「ガンタンク」も見られたが、06年5月の公演中に事故が起こり、激しいヲタ芸は禁止に。そういった身体的制限からか、自由に動けるホールコンサートでも、MIXやMC中の声かけなど、言語面に特化した応援スタイルが発達している。
最近は活動の形態がライブではなく握手会中心となってきており、楽曲派アイドルファンよりも、単純に可愛い女の子が好きという、若年層のマジヲタ系アイドルファン層の取り込みに成功。中には「本気で付き合えるかも」と思って握手列に並ぶ男子高校生もおり、古き良きアイドル文化のルールを知らない彼らの増加により、それまでAKBを支えてきた古参が現場に行きづらくなるという、世代間闘争の様相を呈している。
【声優系】
著作権知識を武器にサイリウムを振りまくる
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声優ヲタの基本応援スタイルは、アーティスト別に色が決まっているサイリウムに、振りコピ、ササゲで、MIXはナシと、ある意味現在のハロプロに近いが、圧倒的におとなしく真面目なヲタが多い。アニメという"母体"の性質上、著作権に関する知識が豊富で、ファンサイトにアニメ絵を使わなかったり、ヤフオクでのチケット購入も避けられる傾向にあるという。
声優ヲタ独自の文化として、クラップ(手拍子)や、口上(間奏に入れるセリフ)を入れるタイミングが書かれた「コール表」と呼ばれるチラシがある。これは会場周辺で配られており、ファンの中の"エラい人"がお金と時間をかけて制作しているのだが、最近の声優ブームで会場が大バコ化しているため、統率は取れにくくなっているようだ。
【地下系】
"やらかし"が信条の激しいやつら
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インディーズで活動するマイナーなアイドルを地下アイドルと呼ぶが、この分野は楽曲に対する愛から入るファンが多く、現場ではMIXや、振りコピなどの基本技に加え、柵に登ってのケチャにモッシュ、ダイブと、激しさが信条。ステージをただ見ているだけではつまらないという人々の集まりなので、ヲタ同士でお互いをアピールし合い、誰がより"やらかし"ているかを競う傾向があるが、主力は20代後半~30代前半の、普段は真面目な社会人だったりする。
この分野においては、アイドル側もヲタ芸を許容し、さらにはヲタ芸を取り入れた楽曲が制作されるなどの相互コミュニケーションも見られるが、それによってファンのムラ社会化が進行し、新規ファンが付きにくくなることも。
■ロマンス
左左右右左右左左、右右左左右左右右と両手で斜め上を指さし踊るヲタ芸。動作前に「ローマーンースッ」の掛け声が入ることが多い。
■OAD
オーバー・アクション・ドルフィンの略。体をひねりながら、左右に激しく手拍子を打つ。「ウリャホイ!」の掛け声でもお馴染み。
■PPPH
パン・パパン・ヒューの頭文字を取ったもの。曲のBメロで、手拍子からジャンプに至るためのヲタ芸で、アイドルの名前をかぶせたりもする。
■ロミオ
曲に合わせて、上から下へと手を垂直に振り下ろす。地下アイドル系では「ケチャ」、声優やビジュアル系では「ササゲ」と呼ばれる。
■マワリ
音楽に合わせて、頭上で手拍子をしながら、その場で回転ジャンプをするヲタ芸。これを行う人たちは「マワリスト」と呼ばれた。
■MIX
「よっしゃいくぞー!」の掛け声と共に、円陣を組んで「タイガー、ファイヤー、サイバー、ファイバー、ダイバー、バイバー、ジャージャー」などの語呂合わせ的フレーズを叫ぶ。主に歌い出し8小節前から始まる。