裁判員制度のスタートを5月に控え、大手新聞各紙は事件報道をガラリと変えることになった。「逮捕段階から、容疑者をまるで有罪のように報道されると、裁判員はあらかじめ偏見を持ってしまう」という注文が司法当局から出たため、各紙とも記事のスタイルを根本的に見直すことになったようだ。
朝日新聞では、昨年中にすでにガイドラインをまとめている。その主な柱を5つ紹介しよう。
①情報の出所を明らかにする──これまで逮捕容疑は、「調べによると、殺害した疑い」などと情報の出所を隠し、まるで真実であるかのように書いてきた。これは、「警察の捜査は間違いない」という警察ベッタリの幻想にすぎず、裁判員に偏見を与えかねない。そこで、逮捕容疑は警察の見立てにすぎないことをハッキリさせるため、「警視庁赤坂署によると、殺害した疑いがある」と情報源を明示することにした。
②発表であることを強調する──「赤坂署は佐藤容疑者を逮捕した」といった警察の広報のようなスタイルを改め、「赤坂署は、佐藤容疑者を逮捕した、と発表した」と書き改め、警察と距離を置いていることを強調する。
③認否を書く──容疑者が否認していても、これまで記事上に書かれることはなかった。これでは不公平なので、「捜査本部によると、容疑者は否認している(あるいは『認めている』)」などと書くことにした。
④「わかった」はできるだけ使わない──新しい捜査状況を特ダネとして報じるとき、「容疑者が殺害を認めていることがわかった」などと断定調で書いてきた。この「わかった」スタイルは、警察の取り調べ内容を真実と決めつけているのでできるだけ使わず、「警視庁によると、容疑者は殺害を認めているという」などと書く。淡白な表現になるので、裁判員に強い偏見を持たせないで済む。
⑤容疑者の言い分を書く──警察一辺倒だった取材を改め、弁護士も積極的に取材し、容疑者の言い分を書く。
読売新聞でも、ガイドラインを昨年からスタートさせている。朝日と違うのは、情報源の出所をよりハッキリさせるため、「赤坂署副署長によると、容疑を認めている」などと情報源をより特定した報道を心掛けている点。逮捕後、起訴されず釈放された場合は、「誤認逮捕」の疑いがあるから、名誉回復のためにも必ずその事実を報道することにした。また、前科前歴を報じる点は、朝日が「原則報じない」という立場に対し、読売は「裁判員に与える影響が強いので注意が必要」と指摘するにとどめ、前科前歴報道そのものはやめないようだ。
一方、毎日新聞は今年1月から見直しを始めているが、先行する2紙ほど厳密なガイドラインではなさそうで、「毎日らしいアバウトさが特徴的」(社会部記者)という。
こうした大手3紙の動きを追って、地方紙に記事を配信する共同通信も3月から同様のガイドライン運用を始めており、これで新聞メディアはおおむね事件報道の見直しに着手したといっていい。
大手紙の社会部デスクはこうした報道の見直しの動きについて「『見てきたかのように書く』と言われてきた新聞のいい加減さを見直すいいチャンスなんです」と歓迎しており、「これほど事件報道が根本的に見直されるのは、えん罪事件を垂れ流した報道姿勢を改めようと、『呼び捨て』ではなく『容疑者』を付けるよう見直した20年前の改革以来の出来事」と語る。
しかし、こうした動きはなにも新聞メディアの自覚から生まれたわけではない。裁判員制度を導入する最高裁は「事件報道は裁判員にとって百害あって一利なし」という考えから、公判が始まるまでは供述内容などを報道できないよう法的規制をかけるという立場を捨てていない。その対抗措置として「自主規制」のために生まれたのが、今回のガイドラインなのだ。
これらの事件報道の見直しは緒に就いたばかり。紙面の変化をしっかりとウオッチしておきたい。
(編集部)