クラウド発展の恩恵にあずかれない日本は、乾いていく一方......!?
グーグル、セールスフォース、アマゾンの3強を中心に、クラウド・コンピューティングがIT業界で台頭してきている。当然、日本市場もターゲットになっているが、既得権益が跋扈する閉鎖的な市場で、悪戦苦闘している。日本のIT界に光は差すのか──?
「プライベートクラウド」という怪しい用語が、日本のIT業界で流行している。
「クラウド」は、正しくは「クラウド・コンピューティング」といい、ここ数年台頭してきたITの新しい潮流だ。直訳すれば、「雲のようなコンピューター」。インターネットをもくもくとわき上がる雲にたとえ、その雲の中から、さまざまなソフトやサービスを取り出して使ってもらうという仕組みのことを指している。
このクラウドを提供している企業では、グーグルとセールスフォース、アマゾンが3強である。
グーグルは消費者向けにGmailやグーグル・ドキュメントなどのクラウドのサービスを提供している。後者はウェブブラウザを使ってグーグル・ドキュメントにアクセスすると、ブラウザ上でワープロや表計算などのソフトを使い、文書や表を作成することができる。マイクロソフトの主力製品『ワード』『エクセル』と比べても、さほど遜色ない。しかもマイクロソフト製品が3〜5万円と高価格なのに対して、グーグル・ドキュメントは一切無料だ。
これまで私たちが「コンピューターを使う」と言ったときには、それは手元のパソコンで全ての作業を行うことを意味していた。ところがクラウドの世界では、手元のパソコンは単なる「画面のついたテレビリモコン」ぐらいの存在にすぎない。キーボードから入力された文字や指令はパソコンの中で処理されるのではなく、インターネットの雲を通じて、その中に存在する巨大コンピューターに送られる。そこで全ての計算や処理が行われ、結果のデータがまたネット経由でこちらに送られてくる。
さて、前述の3強の中で、企業向けのクラウドを提供しているのがセールスフォースだ。顧客管理や会計、人事などのシステムは、従来はユーザーの企業に合わせてカスタマイズして開発され、しかも大がかりなサーバー群を構築しなければならなかったから、かなり高価なシステムだった。ところがセールスフォースが提供するクラウドのシステムは非常に安価で、中小企業でも簡単に導入することができる。巨大なクラウドを構築し、それを膨大な数の顧客企業に利用してもらうことで、安い価格での提供を実現しているのである。
グーグルとセールスフォースはSaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)といって、クラウド上で実用的なアプリケーションを提供している。アマゾンはこの2社とはちょっと違って、もっとインフラに近いレベルのクラウドを提供している。アマゾンは100万台以上のサーバーを相互につないで、ひとつの巨大な仮想コンピューターシステムを構築している。これがアマゾンのクラウドの実態だ。顧客企業は自分の好きな分だけサーバースペースを使うことが可能で、使った分だけ後から料金を支払えばよい。
たとえば数百人規模の会員を集めてスタートしたコミュニティが、テレビで紹介されて会員数が急に数万人にまで膨れ上がったような時――従来ならサーバーを必死で増設したり、それでも間に合わなくてシステムがパンクしてしまったりしていた。だがアマゾンのクラウドならサーバースペースは伸縮自在なので、会員の急増にもすぐに対応することができる。この「伸縮自在」がクラウドの素晴らしいところで、だからアマゾンのクラウドサービスにはEC2(エラスティック・クラウド・コンピューティング、伸び縮みするクラウド)という名前が付けられている。おまけにこのEC2は驚くほど使用料が安い。
ところが日本では、こうしたクラウドのビジネスは本格的には始動してこなかった。なぜか。
まず第一に、大規模なクラウドを作るのに必要な、数百万台もサーバーを連結したような巨大なデータセンターが存在しない。小規模なデータセンターでクラウドサービスを作ることも可能だが、規模のメリットが出ないから、どうしても価格が高くなってしまう。
第二に、クラウドは従来システムインテグレーターたち(以下、SIer)が提供していたシステムと比較すると、価格が圧倒的に安い。ところが日本ではSIerが顧客企業を囲い込んでいて、クラウドのような安い価格のシステムを利用することをなんとか妨げようとする。
そういう状況の中で、日本市場に参戦してきたセールスフォースも閉鎖的な環境になかなか入り込めず、従来のITからクラウドへの転換もあまり進んでいなかった。セールスフォースが食い込むことに成功したのは、日本郵政などゼロからシステムを新しく立ち上げたような企業に限られている。
ところがここにきて、状況が変わってきた。昨年来の金融不況の影響で、顧客企業がどこも激しいコスト削減を進めるようになり、これがITのシステム投資にも大きな影響を及ぼし始めたのである。これまでの高価なシステムから、クラウドへと移行を検討する企業がたくさん現れ始めた。
そこで焦ったのが、大手SIerたち。このままではクラウドに顧客を取られてしまいかねない。さて、どうするか――。
一方、SIerの囲い込みに慣れきってきた日本企業にとっても、クラウドにはかなりの不安があった。前述のように、クラウドは膨大な数のサーバー群を複数のユーザーで共有する仕組みである。「データを会社の外に置いて、壊れる心配はないか」「データがインターネット経由で流れるのには、セキュリティの不安がある」といった声も出てきた。
実はデータセンターの堅牢性は、自社のオフィスにサーバーを置くよりずっと高く、こうした不安はほとんどなんの根拠もない。だが、SIerたちはその不安に思いきりつけ込んだ。そうして彼らが持ち出したのが、プライベートクラウドという概念だったのである。
「データを外部に置くのは不安ですよね。だったらお客さんの会社の中に小さなクラウドを構築して、それを利用しましょう。これはプライベートクラウドといって、安全性が高いんですよ」
そういって、いまや日本のSIerたちはプライベートクラウドを顧客たちに「新商品」として勧めまくっている。
これは実は、日本人が発明した概念ではなく、アメリカのIT業界で使われている言葉だ。今のクラウドは、外部のクラウドをユーザーみんなで共有する「パブリッククラウド」。だがクラウドがどんどん普及して当たり前になっていけば、大企業などでは自社の内部で小型のクラウドを構築するようになるだろうといわれている。これがプライベートクラウドだ。
日本のSIerたちはこの新語がアメリカから入ってきたのに、「これだ!」と飛びついたのである。
彼らの言うプライベートクラウドは、そんな上等なものではない。顧客企業内にシステムを構築し、それを利用した社内用の「クラウド風」アプリケーションを開発し、高い価格で購入してもらう。要するに、今までのシステム開発と本質的にはなんら変わりはない。これならSIer側は、大規模なデータセンターを開発するコストはかからないし、セールスフォースのような新興勢力に顧客を取られる心配もない。損をするのは高いプライベートクラウドシステムを買わされた顧客だけだが、「パブリッククラウドよりもセキュリティ性が高いですよ」と説明しておけば、なんとなく納得してしまう。
そうして相変わらず日本では高いシステムが維持され、SIerも駆逐されず、国際競争力は高まらないまま、古いレガシーなITが生き残っていくのであった。